−−ある研究者の記憶

ガルボが喋れるようになってから数ヶ月。
会話という意思伝達手段を手にしたおかげで、ガルボは
ただ、どうやら猫やご飯、というモノの名前は言えるものの私やホルン、チェルシーのような人の名前を言うことができないようだった。
私のことは“猫”、ホルンやチェルシーは“天使”“悪魔”というように。
今まで言葉を発する機会が、つまりは誰かを呼ぶことがなかったから、それの影響なのかもしれない。
誰が悪いというわけではないが、自分の名前を呼んでもらえない、というのは少し複雑なものがあった。
実際ホルンやチェルシーも喋れるようになって喜んでいるものの、やや落ち着かない素振りを見せる。

ガルボが何かを言おうとしているのに気がついたのは、その時だった。
視線は空をさ迷い、少し落ち着きがない。
何か伝えたいことがあるけれども、言葉が出てこない。そんな印象を受ける。

言葉の意味に気づいた瞬間、顔がちりちりし始めた。
冗談で言っているにしろ、子供の愛情表現であるにしろ、そういうことはまっすぐに言われると恥ずかしいものだ。
ガルボの顔をまともに見れない。

ガルボの申し出には驚いたが、彼が私のことを大切に思っていてくれること、そして私の名前を呼んでくれたことがうれしくて、元の世界のことを思い出し、少し泣きそうになってしまった。

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少し屈んでナスルと目線を合わせると、目を細めてじぃいと頬のあたりを見つめ、首を傾げる。

　ナスルは手を振って、今度は大らかに笑い二人に別れを告げる。
　長い三つ編みを揺らして、上機嫌に去って行くようであった。
　

　 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おかえり、行き止まりへ。