その咆哮と共に一筋の光と化した振るわれた彼の刃が液状の魔物を貫いた。
先日のラルフとの模擬戦闘以降——そしてこの世界における命をかけたという意味で——初めての戦闘で、魔王討伐というこの世界での目的を定めたレンツは次に重要な点を確認する。
自身の現在の戦闘力とこの世界の魔物のそれを比較する。つまり、全力を出す。

彼の剣技と、エンブリオ。今現在彼の使用しうる全力の一撃は、しかしながら倒しきるほどの威力にはなっていなかった。
体積のほとんどを消し飛ばされるも、うじゅるうじゅると未だ蠢くそれから一旦距離を取る。

そして連続攻撃、連携攻撃とまではいかないものの、間髪を入れずカメルの鍬が振り下ろされる。
土を耕すことで培われた剛腕の一撃が止めを刺す。液状の魔物は今度こそその動きを止めた。

かくして彼の最初の戦闘はあまり望ましくない検証結果を弾き出し終了した。
現状の力では王城の入口とも言える、この広原の敵ですら楽に倒せない。

元々自らの剣技を過信していたつもりはない。しかし——振るった力の全てが乗らない、という表現がいいのだろうか。元の世界にない物理現象が干渉し、自身の力が思うような結果を出さない。原因と事象が結びついていない。
推測される結論はひとつ。この世界における全ての作用は、やはりエンブリオに依るところが大きいのだろう。

契約したエンブリオはまっさらな状態から始まり、契約者と共に成長する——『顕剣の柄』を受け取った時の言葉だ。
この言葉の通り、成長したエンブリオの力は本来の力に上乗せされるのではなく、本来の力と掛け合わされるものなのだ。レンツと最初に契約を交わした（と言っても契約したのは柄だが）エンブリオですら、その力が成長途上であることが感じられる。

しかしそれは、さして問題のないことだった。力を出し切れていないのなら、出し切れるようにすればいい。自らの力を育てることとなんら違いはない……否、彼らは自分の力なのだから。
もちろんこれから旅の先々で出会う彼らとの契約は、まっさらだろう……だがなに、なんということはない。

本当のまっさらというのは、こんな暖かな光など持たないのだと。
青年はおぼえている。

ドカッ！



その大きな音に思わず振り返ると、先ほどの青年がのびている。
壁と真っ赤な顔面を見るに、恐らく起きてしまったことは想像に違わないのだろう。
あわててその青年のもとへ駆け寄る。

そう言うと、顔を覗き込んでぶつけた位置をよく確認する。
そのまま、痛み止めの魔法をレンツにかけようとする。

終始キャーキャー言う金髪の少女とは正反対に、
犬耳の少女は臆することなく彼の話に耳を傾けていた。

その言葉を聞いていた隣にいた金髪の少女は、
なるべく彼を見ないようにしながら口を開こうとする。

しかし、その前に一歩前に出てきた彼にまたさらに悲鳴を上げた。

そう言いながら、犬耳の少女はその背の巨大な荷物をおろし、
中から真っ白なフリフリのエプロンを取り出して笑顔で差し出した。
金髪の少女は、彼の姿を見ないように、顔を赤らめて終始そっぽを向いている。

そっと彼の方にかけた。肩にメイア自身が着ていたであろうほんのりとした温かみと、彼女自身の香水が彼の鼻孔をくすぐる

　
　　　　　　足を止め、相手が話を切り出すのを待つ。
　　　　　　　——ともあれ、雑談なりを挟む余地はありそうだ。

　
　　　　　　笑い声につられてか、少し表情を緩める。
　　　　　　顔かたちこそ、以前目にした時と変わりは無いのだが。

　
　　　　　　笑いつつ、それは何だ、と促すように声を掛ける。
　　　　　　　口調はどこか、年を重ねた者のように遠回りな言い回しに変化している。