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+3+

練習試合や手合わせってなんだったろうか。
‥思い至るところにズレがなければ、普通は実力伯仲を企図するものだが。
今回に関して言うなれば完全にその条件は打ち捨てられていた。
数にして、４対２。綺麗に二倍の頭数だ。
そういう状況を想定した手合わせなどがないではない。
数の有利や不利を把握しながらの振る舞い方を考えるというのも戦術を練るにあたっては重要なことだ。
けれどそれはもちろん個々の技量や得手不得手なども幾らか算段がついてからの話で。
現段階でやるには時期尚早、と云うほかなく。
結果から言えば様子見するほどの収穫はあった。
けれどその程度のものだ。‥痩せた土をひっかいた気分だ。

まあ、４対２というのがもともと予定されていたものかどうかはわからない。
というのもうっかり流れに乗り気で参じてしまったけれど、此方はグレーラインが『２頭』含まれていた為だ。
もしも本来は蚊帳の外であったとすれば構図は２対２だ。
初めてきちんと行う手合わせとして行うのにはこの形の方がずっと都合が良いのは言うまでもない。
‥実際どうかはこの構成を図った者にしか判らないだろうが。
‥‥。
そもそもあの場にいたのか、いなかったとしても見ているのかすら判らないが。

ひとまず、ぼくが繰っても今の所"イース"の動かすそれと大差ないことは改めてはっきりした。
‥序でにぼくらの持つ牙はいまのところ非常に脆弱なものになっていることも。
それこそ試合を混ぜっ返しにしたかもしれないもう一頭の『獣』と比べるとその威の落差は著しい処ではない。
ある程度意識を傾けて発動したモノでさえ成果の期待ができないほどだ。
この身体になってからなのか、それともこの世界に身を投げてからなのか、術は全く使えなくなった。
‥魔力使役に支障があった幼少の時よりも尚ひどい。
とにかく、身体能力まで含めたこれまでのものがほぼまったく使い物にならないのはツライところだな。
此処での理に乗っかってからの事は恙無く使えるようではあるけれど。
問題はそこの乗っかり方が悪いのか、或いはそういう場所に乗っかってしまったのか。
まだ試行回数が少ないとはいえ今のところは面白いくらいのお荷物具合となっている。
なんとかしなくてはいけないだろうが——
‥なんとか出来る気はしない。
今の所は完全に天与の運任せなのだ。この事に限ったことではなく、今の身体のそれにしても。
尚且つぼくが顕現できる時間もそう長くはない。
ある程度意図的に選択することもできない状況、うまく転ばせる方が難しいというものだ。
‥幸いにしてどうやら体力だけは他の者よりはいくらかあるようだけれど。
‥‥其処までもヒトに遅れを取るどころでなかったなら竜種の名折れどころではなかったろう。
薄皮一枚、矜持はつながったというところだろうか。
まあ、厳にそのあたりをつきつめていくと既に今の状態から駄目駄目なのだけれど。
——などと考えていると不意に意識と足元が乖離する。
数度目の慣れた感覚。‥主導権がまた移ったらしい。
慣れつつはあるけれど、慣れないな。

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絵描きが一人。
齢若く線も細いメス‥じゃない、女性が２人。
それらを視界に収めながらイースはふらふらと歩いている。
‥なんというか、不安になる面子だ。
実際のところぼくらよりもずっと戦えるヒトたちではあるのだけれど。
先程手合わせした二人のうちの一人もいるわけだし。
‥‥‥。
まあまだご縁薄い内からそういうことは考えるものではないな。
‥‥ないんだけどなー。
どうしても視界の隅に異質を固めたような瞳が映るのだ。
あの瞳は苦手だ。
画家自体は多分それほどでもないのだけれど‥あの瞳と正対すると全身の毛が総毛立つというか。
それでいて吸い込まれるような感覚にとらわれてしまうというか。
‥ヒトの瞳は竜の瞳より実に多弁だ。
普通のものでさえ見ていると当てられるような気分になるのだから、更に多弁ともなれば怖気づくのは自然ではあるのかもしれないが‥
‥慣れることができるだろうか。
或いはそれくらい気にならないような肝を作っていかなければこれからあの一行と暮らしていくのは難しいということなのかもしれない。
それくらい何か各々が踏める地雷を持っていても不自然ではない‥気は、するし。

ぼくの心情を汲み取った訳ではないと思うけれど、イースの足取りが道なりを外れる。
身体を乗り出して道の外を覗く。
静かなせせらぎの音と共に、広がるのは澄み切った川ひとつ。
淡い光彩が水面を彩っている。
なかなかに神秘的な風景だ。
このあたりは星屑の小川と云うらしい。名前に負けない美しさだと思う。
イースの顔が水面にゆらゆらと映っている。
——前肢がそれをぱしゃんと叩く。
無論崩れ散ちた水面の虚像に、イースは不思議そうに首を傾げてぐうると啼いた。
右の爪先に滴る水が気持ちいい。
そういえばこんな身の上になってから碌に水浴びなどもしていないな。
此の儘飛び込んでくれないかなあ、と思っていたけれど——どうやら広がる波紋にご執心のようで。
結局先を歩く者に名を呼ばれて、ひと呼吸の間を置いて離れていった。

それからちょっと更に歩いてからの話だ。
それはそれは塩梅よさそうに、水浴み用の衣まで用立てている兵士たちと邂逅することになるのは。

　クロエは向けられた視線に気づき、そちらに目を向けた。

　クロエは視線の先にいた竜っぽいけものに向かい、嬉しそうに微笑んだ。

ふと気が付いたのはいつだっただろうか。
ちょこちょことついて回る竜のような生き物が後ろにいる。

背中越しに見る相手を最初は向かう方向が同じなのだろうと
気に留めていなかったが、何かを訴えかけながら足元をうろつく相手に
しょうがなしに足を止めてみるとこちらを座り込んで眺めてくる小さな竜。

封真は先行く衛智を呼び止めると竜へもう一度目線を投げかける。
衛智はそこで初めて竜に気が付いたようだった。

問う黒に、答える銀。

竜の頭をなでると解読不能な言葉に相槌をうち、お前名前なんていうさ？と問う黒虎を。
封真は上から眺めてみていた。

ぽんぽん、と手を払って仲間の様子を見てまわる……。

——リレッタの周囲を赤いエンブリオが駆け回る……。

大きく咆哮すると、その得物を倒れ伏す者達に振り上げ———

振り下ろす前に、何かに怯えるようにその場を後にして駆け出した。

最後に、こちらをギロリと睨んで居たのが印象的だった……。