ビブリオバベルは、行く手を阻む敵と遭遇した。


「どちらが調理される側か、・・・もう一度考えてみよっか？」

「どうこの粘性、たまらんしょ！！」

筋肉隆々なじゃがいも３体と、見るからに毒々しい粘液生命体が２体。
それらはこちらの五人組を発見するや否や、
交渉の余地すら無く襲いかかってきた。
人語こそ発してはいるが、おおよそ知性があるとは感じられず、
本能の赴くまま、彼らの縄張りから私達を排除しようとしてきた。

ビブリオバベルにとっては、
腕試しのラルフ戦を除くと初陣ということもあり。
クリシュナ、フェルハト、ヴィクラムの三人の後ろに隠れ、
援護射撃を行った。


流石こういう場に慣れているのであろう、
勇猛果敢な三人を前にして、芋やアメーバは次々と倒れていく。
アメーバの最後の力を振り絞った、
毒液噴射をまともに受けたビブリオバベルは、
それから数十分体調が悪くなったが、
比較的弱い毒性だったのであろう。直にそれも収まった。

かくしてさしたる被害もなく、
初陣を終えたビブリオバベルは、より一層自信を深めている。

この慢心ぶりに、ローラスは少なからず危うさを覚えている。
挫折を経験したことがない人間は、脆い。
出来る限り早く、取り返しがつく範囲で、
慢心に足元を救われて欲しいと、ローラスは願った。



そして、その日は予定通り
ヴィクラムの知人との鍛錬を行ったのだが。

……その相手が、ビブリオバベルが道すがら声をかけ、
手ひどく叱られた相手だったのは、幸か不幸か。
戦いの場でヒシと伝わってくる相手の静かな、しかし確かな怒りは、
サラマンダーの火矢となりてビブリオバベルの身を焼き、
離れて見ていたローラスすらも
少し頭の上に焦げ臭さを覚え、慌てて消火した。

鍛錬が終わった後も、
連れの二人とは普通に話せているようだが、
万人がそうとはいかないだろう。
ヘクター氏は、ずっとビブリオバベルのことを睨んでいる。

言葉を介さずとも、嫌でも伝わってくる、拒絶の感情。
ビブリオバベルはそれに対してあまりにも鈍感だ。

彼女は彼女なりに、自分の信念を貫いていることは認めるが、
それはあまりに理想論を追いすぎてしまうきらいがあり、
実現しようとする彼女自身の実力と不釣合いなだ。

彼女は自覚していないが、その性質は明らかに、
父親リソジーノムスの血を色濃く受け継いでいる証拠だと言えるだろう。



そう、彼女の父親もまた、
病的に頑固者だった。

少し彼の話をすることにしよう。



歴史召喚術学者、リソジーノムス＝ベリアルオリバー。
栗色の髪を短く整え、いつも気難しい表情をしている研究者。
だが話してみると、意外と話し好きであることに気がつく。
普段は色の濃い眼鏡をかけ、赤色の瞳を隠しているが、
理由を尋ねればそこに深い意味はなく、単なる習慣だという。


彼は歴史召喚術学を学問として体系づけた第一人者であり、
術の扱いに長けているという意味でも
現役で第一線に立っている、偉大なる召喚術師だ。

今でこそ彼の扱う召喚術は、
小さな分割世界であれば趨勢を軽く左右するとまで言われ、
彼は学者としても術師としても、ベラボウに高い地位を得ているが、
そこにたどり着くまでは苦難と挫折の連続で、
恐ろしい程に長く険しい道程であった。



彼の召喚術は極めて独特で、彼自身が発案したものだ。
“歴史書の描写を具現化する召喚術”。
対象となる歴史書は、どの分割世界の、どの国家の、
どの言語で記述されたものでもよかった。
それが歴史について記されたものでさえあれば、
それはリソジーノムスにとって魔術書となり得た。


彼は歴史を学び、固めた知識を地盤として、
“歴史”を現在の時間軸の中で再形成する。

この召喚の仕方をはじめて耳にしたとき、
ローラスは驚き、気になり彼の元を訪れ尋ねた。

「歴史書の信憑性は如何にして図るのか」、と。

そう、歴史とは、知性ある生命体の創作物に他ならない。
そこに記載されていることが事実なのか、嘘なのか、
それは読むものにとっては今更確かめようのない事実であり、
あまりにも曖昧で不確かなものだった。

諸説ある事象についてはどうするのか？
説が確定するまでは術として不成立なのか？

そう尋ねられた彼は皮肉気に笑い飛ばし、


「史実であるかどうかなぞどうでもよい」

「それが歴史だと自己主張してさえいればそれでよい」

「私に想像力を羽ばたかせる翼を与えてくれさえすればよい」

「いいか？召喚術はどこまで行っても須らく幻術の延長線上だ」

「それはイマジネーションの最終形態であり、至高芸術なのだ」

「“想像力”こそ“創造力”なのだよ、ローラス＝ノビリス」


空のウォッカ瓶を片手に、上機嫌に彼はそう吐き捨てた。


翌日詳細を尋ねると、彼はケロッとした顔で、

「そんなこと言ったか？」

と言い放った。
ローラスはその日から、
彼のことを大物だと認めざるをえなかった。




彼いわく、想像力がこそ魔力であり、
召喚獣の強力さに直結しているという。

彼の呼び出す“獣”は、成る程、確かに獰猛で残酷だった。

旧き神話に登場する身の丈数十メートルの戦神から、
近現代の戦争で登場する大量殺戮兵器ですら、
それが叙述された歴史書さえあれば、
彼に呼び出せないものは存在しなかった。

しかし、それは果たして本当に召喚術といえるのだろうか。
これまでの召喚術といえば、
それはある種の転送術の転用であるというのが、主流の説であった。

異世界から、強力な魔物を喚び出す術。
それが召喚術だ、と、誰もがそう信じていたし、
想像力をエネルギーとする召喚術は“幻獣召喚”として、
通常の召喚術とは明確な線引をされ、別物として定義されていた。


それでも、
彼が一人の召喚術師として存在しているだけに留まっている間は、
まだ平和だった。
彼がアカデミエの門戸を叩いたことで、
召喚術学会に激震が走ることとなる。

一術師が唱える説と、一学者が唱える説では、
あまりに意味が変わってくる。
リソジーノムスが体系づけた歴召喚術学。
彼の持論とする召喚術の定義。
その何もかもが、既存の召喚術学を破壊し尽くして
無に帰してしまう程のインパクトがあるものだった。
リソジーノムスを認めることは、これまで幾千年と積み上げてきた
召喚術学の権威を地の底にまで叩き落とすことを意味した。


リソジーノムスはアカデミエへの入界申請を拒絶された。


それから始まった、３年にも渡る召喚術学論者間闘争は、
実に熾烈で、誰もが固唾を飲んで召喚術の行末を見守った。

そして、それは意外にもあっけない結末を迎えた。

アカデミエにおける召喚術学最高権威、
ブエナベントゥラ卿が、
リソジーノムスとの召喚術合戦を申し入れたのだ。

かたや、竜の召喚術に長けたブエナベントゥラ卿。
かたや、ぽっと出の問題児リソジーノムス。

それは学者同士の対決にしては、
あまりに幼稚で、あまりに暴力的で、
あまりに頭のわるい決着の付け方であった。

だが、リソジーノムスはそれを受け入れた。
なぜなら、彼は学者である前に一人の召喚術師だったからだ。
決闘の誘いを断ることは、彼の信条に反した。
何より、彼も見てみたかったのだ。ブエナベントゥラ卿の召喚術を。

かくして、アカデミエの上空でその歴史的な召喚合戦は繰り広げられた。

戦神を貫き殺す角竜。
翼竜を撃ち落とす地対空誘導弾。
革命軍を焼き殺す火竜のブレス。
覇竜の首を両断する百戦錬磨の英雄。

それはさながら、幻想世界の戦争であり、
決闘は三日三晩続いた。

最後の夜、
竜王の心臓を伝説の勇者が抉り取った。

ブエナベントゥラ卿は、苦笑いをしながら降参を告げた。

リソジーノムスはぼろぼろの歴史書を掴んだ拳を空高く突き上げ、
鬨の声をあげた。



彼自身がアカデミエの歴史書に載った日は、
彼がドッペルゲンガーを扱えるようになった、
記念すべき日となった。
アカデミエ民となってからも尚風当たりは強いが、
彼は他の召喚術学者達との議論の場を
生き甲斐として楽しんで暮らしている。

彼の強さは、その術の巧みさにあるのではない。
挫折と苦難を乗り越えてきた経験。
彼にとっては彼の経験したことそのものが——
自分自身こそが、彼にとっての最強の召喚獣なのだ。
　

　

　

ハンカチを受け取ると涙の零れていた目元を拭いた。

ムスッとして隣にいたぬいぐるみの頭を叩いた。

名乗るところに現れた喋る樹に驚きを隠せなかったらしく
ぬいぐるみの後ろに隠れた。

首根っこを掴まれぶらんぶらんしたまま、葉っぱを受け取り。

@クリストファー@/2/そうでしたか。いえ、エンブリオとは少し違うのですが……。

不躾な視線で上から下へと眺め。

ぶらんぶらんとしながらもスカートの裾を摘み、器用に一礼。

後から来た眼鏡の女にも同じようにして一礼。

ローラスを見上げながら　わぁ、と驚きの声をあげる。

しょんぼりとした様子だったが、眼鏡の少女がやさしい対応をしてくれているのを見るとぱっと顔をあげる。

平原でのほほんとしているところに突然声をかけられ
一瞬とまどったものの
声の主がかわいらしい女の子であるとわかると

めちゃくちゃテンションが上がっていた

ちゃっかり同伴しようとしたリブリの目に、長身の人物が入った。

　

（鎖を引かれ、尻を蹴り付けられ、後ろ足をかばうようによろめきながら
　白い犬型のエンブリオが前へと歩み出る）