眠りにつくたびに、くすんだ青い夢ばかりを見ているような気がする。

レーヴと名乗った“ウサギ”と話すこともあるが、それだけでなく、夢に見るもの殆ど全てがくすんだ青色に染まっていて、時折、向こうの世界を思い出した。

夢の中で、懐かしい声を聞く。
夢の中で、懐かしい場所を訪れる。

夢の中で、


＊

＊

＊


「──ルカ、」

部屋の窓辺に腰掛けて、ぼんやりしているところを、よく見かけた。
外の景色を眺めているのか、何か考えているのかも知れなかったし、顔は見えないから、ひょっとして寝ているのか、とも。
呼び声なんて聞こえていないかのようで、仕方無く部屋に足を踏み入れる。
後ろ手に扉を閉めたところで、もう一度。

「おい、ルカ」

すると、本当に、たった今気が付いたように、肩が跳ねると同時に勢い良く振り返った。
様子からして、本当に、たった今、気付いたらしい。
へにゃ、と頼りなく笑うのは多分、何かを誤魔化そうとしたからだ。
──と、勝手にそう、思い込んでいるだけかも分からないが。


「外、何が見えるんだ」
「……へ、」
「お前、さっきからずっと、外見てたろ」

空を飛ぶ家の窓から見る景色だ。
ずっと遠くまで見えるし、何もかもが小さく見える。
そうした景色をずっと見ている、ように見えたのだ。

向こうの世界に居る頃は気付かなかったが、この世界に迷い込んでから、気付いたことがある。
一日中、一年中、遊んでいるルカの周りには、いつだって誰かが居た。
年下連中だったり、院長先生だったり、お世話してくれる近所のおばさん達だったり、ルカが一人で居るところを、不思議なことに、向こうの世界では殆ど、全くと言ってもいいくらい、見たことがなかった。
ルカの傍には常に誰かが居たのだ。
好かれやすい性格だとは思うから、ルカの人当たりの良さがそうさせていたのか、ルカが一人を嫌って、いつだって誰かの傍に居たのかは分からないけれど。

この世界に迷い込んでからだ。
部屋が別々であるというのもそうだが、ルカが一人で居るところを、よく見るようになったのは。

「……見てたってほど、ちゃんと見てねーんだ、外」
「……はあ？」
「何て言うか、ほら、思い出してたんだ」

指先で頬を掻き、笑う。

「……何を？」
「孤児院とか、あっちの、昔のこと」
「……ホームシックにでもなってるんじゃないのか、お前」

呆れた。
正確には、ホームシックになっているかどうかよりも、その意味を知らなかったことに、だ。
自分と同い年でありながら、ひょっとすると、二つ年下のアリシアよりも、物を知らないかも知れないと思うことは、少なくない。
不思議そうにしていたから、意味を教えてやった。

「やっぱ、シズは物知りだよなあ」
「お前が知らな過ぎるだけだろ」
「じゃあさ、シズはさ、なんねーの？ ホームシック」

ホームシック。

「……俺よりアリシアの心配をしたらどうなんだ」

家族に会いたいと言われても、それが出来ない。
帰りたいと言われても、出来ない。
それは彼女も分かっているだろうから、言わない。
そうやって、彼女は。

「シズ、あのさ、」

ルカが彼女のことを、何処まで気付いていて、どこまで見えているのか、自分には分からない。

分かりたくないのかも知れない。

無責任に背中を蹴るのは簡単なことだ。
どんなに楽なことか。

「……アリシア、さ。 笑わなくなったよな」

どんなに。

「ずっと前はさ、一緒にはしゃいで笑ってさ、いっぱい、笑ってたよな」
「……、」
「……やっぱりさ、不安、だからかな」
「……そうかもな」
「家族に、会いたいからかな」
「…………」

ルカが笑う。
底抜けに明るいそれではなく、眉尻を下げて、らしくなく。

「──オレさ、笑ってほしいんだ」

らしくなくとも、笑う。

「アリシアが笑うとさ、オレ、嬉しくてさ、」

笑おうと、する。

「……、……〜〜…………」

顔を隠すように膝を抱えて、何事か、口にしたようだったが、聞き取れなかった。
コイツはこんな奴だったろうかと、気付かされるような。

知らなかっただけかも、分からないが。
ただ、




「……笑うならちゃんと笑えよ」


羨ましいだなんて言える筈もなかった。
情けない声で謝られて、コイツはやっぱり、馬鹿だなって。

そーっと覗いて見て御覧。そーっと覗いて見て御覧。
などというわらべ歌の一文を正に形容可能な人物がいる。偽の者は、楽しげな雰囲気を醸し出しているあなた達を、みては引いてみては引いてを繰り返していた。それに気付けるか、その程度にはじぃとあなたを見つめていた。
御人はやがて、あなた方に聲を掛けて見ることにした。とはいえここまで挙動不審になるのは何かしら理由もあったのだろうが。

「こんにち、は。　……失礼、しました。……同じ雰囲気を、感じ取ったもので」

種族、同族、同属、同類。……しかしこのいずれにも当てはまらないであろう、あなた方と自分の共通点。

「異世から界を渡って来た方々でしょうか？　私もそうなんです、けど……あ、違ってたらすみません。
　同じ……ような、人と会うと言う機会……が、長い事渡ってきましたが、ここ最近はとんと見つけられなかった、ので」

云うに異世を渡った者を見つけられて嬉しいのだろう。弱気な聲に混じって、どことなく嬉しそうな聲がしていた。

「……不躾に失礼しまし、た。
　私は、偽(ギ)と……云います。よろしくお願い、しますね」

幻と消え入りそうなか細い聲で、つらつらと言の葉を並べた。

名乗られて、笑顔でそう答えた。何も聞いちゃいない。

　そんな焦ったような声が、聞こえたかもしれない。
　声のする方を向けば、一人の少女が、川沿いから歩いて来ていた。
　きょろきょろと、何かを探すように辺りを見回している。
　視線の先にルカたちを捉えれば、少し躊躇したような素振りを見せるものの、近づいて行って。