『やだ！　あのお菓子買ってくれなきゃやだあ！』
『もう、わがまま言わないの！　買えないものは買えません！　そうやってわがまま言う悪い子はもう置いていくからね！』
『ふぇっ、やだ、やだ、やだぁー！』

　となりでおとこのこがないてる。おかしがほしくて、きいてもらえなくて、おいていかれちゃうから、ないてる。おかあさんはおこったかおをして、おとこのこからはなれていった。
　わがままをいったからだ。おかあさんをこまらせたからだ。
　わるいことをしたから。

『アリシア？　どうしたの？』

　おにくをとりにいってた、ままがかえってきた。だいすきなまま。いつもにこにこのまま。
　ままがすき。だいすき。だっこして、ぎゅってして、ちゅってしてくれるままがだいすき。
　だから、ままにあんなかお、させたくないな。

『なにか欲しい物でもあった？』

　だいすきなままにおいていかれたく、ないなあ。

『ううん、なんでもないよ』

　わがままをいったらこまらせるから、おこらせるから、わがままはだめなことなんだね。
　よこでないてるおとこのこのこえをききながら、そうおもったから。

『そう？　じゃあレジ行って、今日はもう帰ろっか』

　いつもみたいににこってわらったままは、レジにむかってあるきだした。
　わたしはうんってへんじをして、もってたチョコをたなになおした。

***

　疲れた。疲れている。ふかふかのベッドが心地良い。正直此処から動きたくない。

　そのまま目蓋を落とした自分に声を降り掛けたのはエティだ。
　仕方がないから重い目蓋を上げる。視界に映ったその赤に、金に、一瞬だが時が止まったような気がした。

　しかし、まあ、寝る場所、というか、住む場所か。それを確保することが出来て本当によかったと思う。
　此処はタンポポ荘、空に浮かぶ大きな家。二人の女の人が管理者の、原理はどうなっているのか全然わからないけれど、とにかくすごい家。
　贅沢なことに一人一部屋用意されていて、家賃は要らなくて、カフェのタンポポコーヒーは美味しい。良い所。
　ベッドはふかふか。気持ちよくて、疲れた身体に休息を与えるには十分な。

　この世界に来て、もう三日は経っただろうか。
　ラルフさんとの戦闘に、初めての野良エンブリオとの戦闘。買ったばかりの銃も、少しずつ手に馴染んできた。
　喜ぶべき、ではないのだろう。

　ふわふわと浮かぶその小さな身体を両の手で包み込む。案外あっさり彼女は自分の掌の中に納まってくれた。いつもの笑顔でこちらを見下ろして、黒い長い耳を揺らしてみせた。

　聞こうと思ってはいた。ただタイミングが悪かったり、最早聞く気にもなれないで疲れて寝てしまっていたり、そんなことをしている内に三日も経ってしまっていただけだ。

　彼女は人間の手ではない、まるで熊のように黒い手を自分の口元に当てた。彼女の癖なのだろうか、よく、このポーズを見る。

　くすくすと彼女は笑った。そんな、疲れている様子はあまり感じられないが、彼女がそう言うならそうなのだろう。
　どういう原理かこれもまたわからないが、つまり自分たちが此処に来たのは彼女の力のお陰で、それは私のせいで。

　今はまだ。それは違う言葉で言えば、彼女の力が回復すれば帰れるということ。
　でも、話を聞いている限りではそう簡単に回復するわけでもなさそうだ。
　溜息を吐きかけて、それをなんとか抑える。元々は自分が悪いのだ。溜息を吐く資格も、文句を言う資格だって、ないのだし。
　しかしまあ、彼女は、エティは、楽しそうだ。
　どうにも出来ない私を見て、嘲笑っているのか、本当に心の底からこの現状を楽しんでいるのか。

　どちらかはわからなかった。だから返せる言葉はそれだけ、そうして彼女の身体を掌の中から解放した。
　そのまま寝返りを打つ。うつ伏せになる。少しだけ息苦しい、でもそれでいい。
　伸ばした掌に触れたのはサングラス。

　ふわふわ浮いていた彼女が、自分の背中に降りてくるのがわかった。ほんの少しだけ、重みを感じる。

　辛いとか、しんどいとか。
　そんなの。

　自分が答えると、それっきり彼女は喋らなくなった。
　何かしてるのかもしれないし、寝る準備でもしてるのかもしれない。その様子を眺める気は起きないから、確認する術はないけれど。

　未だ手に触れているサングラスを見つめる。妙な懐かしさが胸にこみ上げて、それを抑え込んだ。
　辛い、しんどい、苦しい。
　感じていないわけじゃない。感じていない方がおかしい。違う世界に飛ばされて、急にそこで一揆をしろなんて言われて。
　でも自分の責任なのだから、こうなったのは全て私の安易な行動が起こしたことなのだから。

　だから。

　あのひとたちを困らせないために。

視線を向ける紫水晶の瞳は僅かに揺れていた。まじまじと観察していたから。とどのつまり、意に介すかはご自由にと取るが、まぎれもなくあなたを見ていたこと。

「……そ」

とだけ、つむいでから、壁につけていた体を起こす。

「道具屋、でしたら……そこにある路を右に、次いで、左に案内板があるので、そこを目印に……左へ進み———」

と、少し長々と説明する。入り組んだ道の先にそれがあると言いたいのだが、如何せんやや遠くて困るような立地にあるらしい。商店街、というか、露店。そういうものがあるのはやや遠く。
一頻り説明して、区切りを入れて息を付いたところで提案が1つ。

「……口で説明するのも、向かうのも、大変かと……思うので、……差し支えなければ一緒に行きますか？」

自分はノープログレムと先に申しておく。

猫は唐突に差し伸べられそうになった手に驚く事も警戒する意も見せず、まじまじと見上げていた。

「……どうぞ？」

警戒しないなら、触れても大丈夫だろう、と判断。触ってもいいのよ、なんて勧めて見る。

「その猫は、ラウ……という子です……。可愛い、でしょう。
　……私は偽、というのですが、あなたは何という名前でしょ、う」

途切れ途切れながらしっかりと喋り、自己紹介を兼ねてあなたにもう1つの問いかけをした。

物珍しげにエティエンヌを見つめている。

視界の端から、小走りに駆けて来る褐色肌の少女。

少女は駆けて来る途中で視線か何かに気付いたのか、我に返ったように立ち止まる。

少女はうっとりとした表情を浮かべた後、申し訳なさそうに頭を下げる。

少女は頭をあげると共に、顔を覗きこみながらそう問いかけた。

兎の耳をピクリと動かして少女が振り向く。

やや小さめの声で淡々と答える。

首を傾げて相手のエンブリオを見つめている。

辺りを見渡していたため、近づいた彼女に気付くこと無くぶつかってしまったようだ。
慌てて声をかけようとするが少女の狼狽っぷりを見て、顔を覗き込むようにしながら微笑みかけた。

少女の問いに少し驚きを滲ませる。

　そんなことを思いつつ、何となく、アリシアを見ていたが。

　ふと、彼女の傍にいるエンブリオ、エティエンヌに気が付けば、

　単純にうさぎ、と言うには奇怪な彼女を見て、思わずぽつりとそう漏らした。