道中見つけた池で釣りをした。スッポンが釣れた。
　見たことはあるけど、食べたことなんか無いわけで、
　どう調理したらいいかも分からないから、これは放流すべきかな。
　でも、案外やってみれば出来るものだと分かったのは良かったと思う。
　腹減ったけど。

　話し相手を見つけることが出来たのも収穫だ。
　旅をしていると言うキツネっぽいのに人の形をしてるひと、
　女の子の姿をした大きな植物と、不思議な言葉を使う女の子。
　おれと同じくふつうの人間に見える物怖じしない女の子とも会ったし、
　小さいのにまるで老人みたいな言葉使いをする女の子にも会った。

　女の子に囲まれておれは今幸せです

　平原を進んだ先で、ぬるぬるうにょうにょした何かと戦う。
　人の言葉を喋ることが出来るようで驚きはしたものの、
　あのラルフという男の迫力に比べたら、戦うのもさほど恐ろしくはない。

　参戦を決めてからまだ2日しか経っていないとはいえ、
　元の世界に居た頃よりも、少しずつ、
　未知のものへの恐怖や耐性が備わって来ているようにも思う。



　……とはいえ人間に敵意を向けられると未だに怖いので、
　おれは出来ればずっと、ああいったうにょうにょしたものと戦っていたい。

　イレネオ・アルジェントには双子の妹が居た。
　名をエルダと言い、顔はお互いの面影を持つものの、性格は正反対の兄妹だった。

　エルダは快活で、イレネオは臆病。
　エルダが外に遊びに行くとき、イレネオはいつでも彼女の後ろをついて歩いたし、
　怖い夢を見て眠れない夜は、
　まるで母に縋るようにエルダに泣きついたものだった。
　イレネオが何かを怖がるとき、エルダはいつもイレネオの前で笑っていた。

　周囲の人々は彼と彼女をまるで「姉弟」のようだと言ったし、
　イレネオ自身も、自分を兄らしい兄ではないと思っていた。
　たった数分程度の違いしか無いのだ。
　上も下も存在しないのと同じようなこと。けれどどうしても区別をつけるのなら、
　自分はいつだってエルダの次なのだと。

　イレネオは、せめて兄としてはと、なにごとについてもエルダを優先させようと努めていた。
　そうしていた記憶を掘り返す度に、
　最初の最初に自分が先になってしまったことを嗤いそうになる。それでも、
　その気持ちは、紛れもなく兄から妹への思いだったと確信出来た。

　年月と共にイレネオがエルダの背を追い越しても、その気持ちは変化することがなかった。
　けれど、腐敗はした。長く抱き続けた感情は熟んで、
　彼女を優先するよりも先に、自分が引くことを覚えてしまった。
　兄が妹を、ではなく。下が上に譲るような。

　——あの日、エルダが吸血鬼を狩るため、イレネオの代わりに騎士団に所属すると言った時。

　真っ先に浮かんだのは、本当に心配の気持ちだっただろうか。
　そんなことをしなくてもいいという思いだっただろうか。
　妹を、家族を思い、心から止めようとする気持ちだっただろうか。
　どれでもない。
　イレネオは安心してしまった。
　おれが行くよりは、エルダが行った方が確実なのだから……。

　兵士はあからさまな殺気をこちらに向けている。

　避けられる戦いでもなさそうだし、諦めて戦うことにしよう。
　人間相手にやり合うのはやめておきたいんだけどな。

（顎をさすって考えている）