攻城を開始して一日目。
来た初めは蒸し暑さを感じていた空気も徐々に慣れ、平原に吹き抜ける風が
心地よいと思うようになってきた。同時に、随分と余裕だとも。

ここへ来て対峙したものと言えば、主のいないエンブリオのみだ。
元々ここにいたのか、ネクターと共に持ち帰られたものかは分からないが、
その恩恵も与えられず、ただ一揆軍の足止めにされている彼らを少し、哀れに思った。

王城へ向かう軍勢は各々、いくつかのルートに別れたようだ。
足並みを揃えて正面から進攻する危険は俺にも分かる。
しかし、敵の本拠地。裏道を行こうとすればそれだけ険しい障害が待ち受けている。
手馴れの傭兵ならともかく俺達がそこを辿ろうとするのは
虫一匹火に入るようなものだ。少しずつでも、可能な道で前に進まなければ。

道中、懐かしい顔と先日見たばかりの顔に会った。

懐かしいというにも記憶が曖昧なのだが、彼に漂う火の気配は
何処となく昔訪れた庵を思い浮かべるような、古強者の雰囲気を漂わせていた。
ヴィクラムと名乗ったその男から練習試合を持ちかけられ応じたはいいもの、
一人も倒せず負けてしまった事には己の実戦経験の無さに唇を噛む思いだ。

いや、相手がヴィクラムだけならまだそこまで悔しさは感じなかったかもしれない。
その中にあの二人が入っていなければ。特に、あの眼鏡の女に
散々と得物を自慢されただけで終わったと思うと、腹の中が煮えたぎってくる。

しかし負けたのは事実だ。彼らは俺の知らない技術や力を数多く持っている。
それに経験も。ルリアンナが異世界から精鋭を呼んだのはこうした、
この世界に無い力を借りようとしたのかもしれない。
この世界のものだけでは、王に勝てないのだ。

先へ進むため、知るべき事は山程ある。

紹介されたエンブリオを目を輝かせながら興味津々に見つめている。

オズワルドの一言を聞いた途端に、
頭から蒸気を出して固まってしまった。

ヘクターに連れられて、金髪の魔法使い然とした男がやってきた。

突然喋りだした使い魔を押しやりつつ、メンバーに紹介する。

使い魔であるピンクは、冗談半分で騒ぎ立てながらクロムの影に隠れた。
クロムは咳払いをして、メンバーに向き直る。

黒髪の女性が貴方にゆっくり近寄ってくる。
貴方は少し身構えたかもしれない。それに構わず彼女は、男性のように礼をする。

仰々しいかと思えばどこかずれた挨拶を終えると、ゆったりと顔をあげる。
それから貴方の顔を、懐かしむような慈しむような顔で眺めた。

暫く自身の影に潜む人型と見合わせた後、ばつが悪そうに向き直る。

ヘクターの容姿をじろじろと下から上まで見ている。
足元の人型はというと、視線が合うなり影へと引っ込んでしまった。

青年が投げかけてくる視線を、獣はまっすぐに見つめ返してきた。
‥それどころか、自ら歩みよって積極的にその瞳を見つめてきた。
ヒトとは違う縦長の瞳孔と茶色の瞳いっぱいに、青年の顔を湛える。
鏡のように正確ではなかったけれど——
食い入るように、‥瞬きすらも忘れている様子で。

投げかけられる言葉に、首を傾げる。
理解している様子は見られない。投げかけた言葉の意味を解していたかも怪しいものだ。

男の顔をまじまじと見つめた後、姿勢を正し、一礼を。

首根っこを掴まれたまま、恭しく一礼を。

不躾にならないよう、できるだけ気をつけて声をかける。

手に持った水草を軽くあげると、困った様な苦笑いを浮かべた。