──いつつ、音は近くに。
　──むっつ、風は静かに。


　奇妙な予感はあった。
　そういう予感には、無条件に従うようにしている。

　私の宿命は、幸いに光る星。
　世界を無邪気に飛び回り、輝きだけを軌跡に残す少年の影。

　全ては偶然で。
　必然などないのだ、と。

　──だからこそ、私は「あれ」が気に食わなかったのだが。



　「……あの、ちょっといいですか」

　その声は、紛れもなく私に向けられたものだった。
　敵意は感じられなかったから、変に気取られないように自然に振り返る。


　目の先には、黒髪の少女。
　私より、少し背は高いぐらいだろうか。
　赤い目も、あまり珍しくはないが、優しそうな人だ、という印象を抱いた。

　……意識は逸れているが、最低限の隙は、立ち振舞いで潰している。
　この広場に居ることから推測はしていたが、一揆の参加者とみて間違いないだろう。

　「なんだい」

　彼女は、少し考え事をしているようで、間を開けて、こう続けた。

　「もしかして、貴女は、日本から？」

　懐かしい単語を耳にした。

　確かに、王の城に近いこの付近には、老若男女、人妖を問わず、様々な存在が集っている。
　私は少なくとも知り合いに会うことは無いだろうと踏んで、特に意識はしていなかったのだが……。

　……日本、は、確か、あの地の"由来"だったか。

　この衣装は確かに、そうそう見るものではないだろう。
　そして、日本、という土地は、この世界のものでは少なくともなかったはずだ。

　つまり、この少女は、別世界からこの世界にやってきた存在なのだろう。

　日本に関係していそうな、見知らぬ人間に話しかける意図なんて、そうそう多くはない。
　その上、素行を探るより前に、「日本」だなんてワードを挙げて確認を取る、なんて、余裕がある存在の振る舞いではない。

　差し詰め、元の世界に戻る手段を探っている、という辺りか。
　もしかすると、メルンテーゼに来たのも望むところではなかったのかもしれない。


　わざとらしく、ため息を一つ。

　「唐突だね、随分と。まずは名前ぐらい聞きたいものだが」

　そう言うと、彼女は明らかに慌てて、頭を軽く下げた。

　「ご、ごめんなさい、私は、ヒイラギ ルナっていいます」

　「ふむ」

　──ヒイラギ、か。
　知人に、似たような響きの名を冠した存在が居たか。
　私の要求に素直に謝罪したことや、今までのやり取りに悪意が全く感じられないことと併せて、彼女の発言に嘘はないだろうと結論付ける。


　「私は、ユライ＝コトノハという。ユライと呼んでくれ」

　一息。

　「日本、と言ったか。名前だけは聞いたことあるよ」

　遠い昔には、私の一族が縁ある、異世界の国家だった、と。


　「あれ、じゃあ……」
　「ああ。私はこの世界、メルンテーゼの住人だ」

　少し呆然とした表情になる彼女。
　私のことを、日本からこの世界にやってきた人間だと期待していたのが、外れたからだろう。
　言動で分かりやすいのは有り難くはあるのだが……。

　気を取り直したふうに、彼女が言葉を継ぐ。

　「えーと、ここに居るってことは」
　「ああ、そうだ。一揆に参加するよ」

　次の言葉は、なんとなく予想できた。

　「パーティを組みませんか？」

　「……ふむ、この世界の知識が足りないと言ったところか」

　わざとらしい気もしたが、表情から、間違っていないことを確認する。

　悪い人間でないことは、言動からもほぼ確信出来る。
　多少なりは困っているであろうことも、話題の切り出し方から予想出来る。
　ならば、断る理由はない。

　「構わないよ」
　「よかった、よろしくお願いします」
　「ああ、よろしく」

　彼女が、ほっとした表情になる。

　そもそも、私は、あまり人を攻撃する術に長けている訳でもない。
　気性的にも他者のサポートの方が向いているのだから、渡りに舟、ということだ。

　パーティのもう一人と役割が被ってしまうことが少し心配だったが。
　軽くお互いについて情報交換をしたところ、二人とも前衛、という話だったので、上手く噛み合ったようだ。



　「と、一ついいかな」

　パーティ結成に最低限必要な情報をやり取りした後に、私はそう切り出した。

　「君は何故、こんな異世界の厄介ごとに首を突っ込みにきた？」
　「……そんななりをして戦闘狂だったりするのか？」

　──それとも、度を超えたお人好しか？

　少し、試すような口調にはなったが、パーティを組む上で、目的の把握はしておきたかった。
　一揆の完遂自体が目的でないのならば、私の一応の目的とは噛み合わなくなる。
　その場合、パーティが一時的なものになるかもしれないため、下手に情を移さないように振る舞う必要も出てくる。
　少なくとも、一揆自体に対する熱意がどの程度のものなのかは、知っておきたくはあった。

　無論、単純に好奇心でもある。

　「そうですね」

　彼女は、こちらを正面から見据えた。

　「度を超えたお人好し、には、花音先輩──その、もう一人ですけど、多少は当てはまるでしょうか」
　「ほう」
　「それだけが理由ではないですけど、ね」

　花音先輩、と彼女が呼んだ人物のこと、意味深長に伏せた『それ以外の理由』のことも多少は気になったのだが。
　それよりも──


　「……そして、私は、先輩の『槍』だからです」

　彼女は、私から、目を全く逸らさずに、そう言いのけた。


　思わず、笑みが溢れる。
　なるほど、真意を図り切れはしないが、真摯に答える人間は嫌いじゃない。
　……それに、退屈はしないだろう、とは、確信できる。


　「中々愉快じゃないか。面白い」

　一息。

　「どれくらいの付き合いになるのかわからないが、改めて宜しく頼むよ」


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　奇妙な予感はあった。
　そういう予感には、無条件に従うようにしている。


　──他者に捧げる、思い。

　……連想しない訳ではなかった。
　ただ、わざわざ考えるのが馬鹿馬鹿しい、と思っただけだ。

　彼女との出会いも、きっと偶然で。
　そこに、必然などないのだ、と。


　偶然に、意味はないのだ、と。



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