その痛みと、思考そのものを攫うような眠気にも似た感覚は、他の参加者からすれば実に腑抜けたものであろう僕のこれまでの経験の中ではそうそうないものだった。

「懲らしめが必要でしょうか」
人魚のエンブリオ。その姿に違わぬ鈴のような声は、巻き上がる潮流の音で末尾が半ば聞こえなかった。そのまま体に叩き付けられた水流は見た目ほど勢いはなかったものの、呼吸と体温、そして意識までも持って行かれそうになる。それほど長く息は止まっていないのに、だ。
何かある、と警戒を強め、己のエンブリオへと攻撃指示を飛ばす。僕自身はまったく丸腰のようなもので、魔銃とは名ばかりな指先からの光弾こそあれど、戦闘はエンブリオが行うものだった。
それがこれまでの僕の当然であったから。戦闘は僕自身から離れたところにあり、相手もまたそれを了解しているから、相手からも戦闘は遠い。
そこに一番近いのはエンブリオに当たるもので、しかしエンブリオではないものだった。
けれど、ここに——メルンテーゼに、その了解があるわけもない。
知っていたし、知らされていたし、それを諒解した上でここにいる。
けれども、自分の体で初めて味わう「戦闘」の重みは、想像を一足飛びに超えたものだった。
おまえの想定などその程度だ、と、嘲笑されている気さえした。

「……いたい」
その言葉を残し、エンブリオは逃げるように小川の中へと戻っていってしまった。契約を申し込む隙さえない。
嫌われちゃったかなあ、と零して、返ってくる言葉はどこからもない。エンブリオは語らず、常ならば返事をするはずの声も今は聞こえず。ああ席を外しているな、と、怒るでも落胆するでもなく、ただ事実としてそれを感じた。
聞こえない声の代わりに。
「……ん？」
ぽんぽん、とドールが、帽子の上から僕の頭を叩いた。
「なに」
聞き返してもドールは喋らない。他の参戦者が連れているエンブリオが喋るところは目撃したことがあったから、時折こうして話しかけてみてはいるけれど、一向に喋る様子がない。ただ変わらず、僕の頭を叩き続けているだけだ。別に痛いほどに叩いているわけでもなし、気にしないこともできるけれど。
「……励ましてくれてる？」
半ばふざけながら問えば、ドールはぴょいと頭から飛び降り、僕の前にふわりと浮かんでこくこく頷いて見せた。
こんなのに同情されるなんて落ちたものだな、と思ったけれど、ある意味それくらいが今の僕にはお似合いかも知れない、とも思えた。
川の上流へ、城から離れる方角へ歩き出せば、ドールはまた頭の上へ飛び乗った。重みもさほど感じず、吹けば飛ぶのではないかともよく思うけれど。
今はなんとなくその僅かな重みが、ずしりと増して感じられた。