【02：妖精の陰謀】

　水辺に夜が満ちる。
　生き物が営みを落ち着かせた今、一帯は水が触れ合う囁きのような音に満ちていて、大気にまで感染する水の気配は、湿気となってあらゆる生き物を包み込む。
　水面は空の色を映して墨色に染まり、どこから来たかも知れぬ光によって青藍へと変化する。漂う光は水面によって輝きを増し、さながら銀河に満ちる星々のようだった。

「……。洒落たところで野営してますね」

　銀色の髪を背中に従え、コーデルは周辺の感想を呟いた。
　一帯には暑さがなく、夜の気配に満たされている。しかし全てが闇に沈むことはなく、地域特有のものなのか、不思議に漂う光が世界を浮かび上がらせている。

「星屑の小川って名前だそうよ」

　来るのがわかっていた、とばかりに姿を現したロザリアが答える。
　事実わかっていた、コーデルたちの移動手段は彼女が手配したのだ。

「いらっしゃい、リーダー殿と盗賊殿」
「我らが参謀殿は、相変わらず自由奔放なことで……」
「……。何、おうちに問題でもあるの？」

　わかってるでしょうに、とコーデルは鬱陶しそうに手を振る。

「くいしんぼ達に自制を命じるべきです、現時点だと三ヶ月後の財政予想なんて出したくもありません」
「死ぬか暴動起こすかのどっちかだと思うわよ？」
「我慢しないと塔のガラクタを売り払いますよって伝えてください」

　わお、とロザリアが半眼になる。
　元より自制が出来るゼルダはともかく、収集癖のあるリエッタにとっては十分な脅しだし、同じく物集めが趣味なレコに泣きつかれればシャンテにも有効だろう。
　仕事がないのか、なんて言われたら無論そんな事はない。

「私とリオだけでも仕事は受けられますが、やり過ぎると火の粉を招く恐れがあります。私たちの首にはそこそこ賞金がかかってますから。この前デートしてたら、バカンスに来た死霊術師に酷いこと言われましたよ」

　———冒険者だから、時には人に言えないような仕事を受けることもある。
　不本意な仕事をさせられないための処世術はついているが、汚れ仕事程度なら顔色は変えない。
　それは時に目的のためだったり、生存のためだったりする。一言で言えば【ロマンチストなゴロツキ】といったところか。

　盗賊であるコーデル、その護衛を専門とするリオは特にその手の仕事が多い。
　非合法な諜報なんて序の口、【虫の居所が悪かったから】とかそんな理由で最下層の殺し合いを実行に移す事すらあった。
　つまり、稼げるといっても乱発が出来ない。

「うーん、この話はリオの耳に入れておきたかったんだけど」
「オレ？　だよ」
「お祭りがね」

　お祭り、という一言で途端に二人は反応を変えてきた。リオは露骨にテンションがあがり、逆にコーデルが渋い顔をした。
　……この二人の性格が正反対なのは此処だ、リオはお祭りが好きで、コーデルはそれらを敬遠する。コーデルは騒ぐのが嫌いだし、遊びに意味も見いだせないし、非効率的だと考えている。
　毎回折れるのはコーデルの方だ、以前ならリオが少し指で触れるだけで、最近は触れる事すらしなくてもおねだりを成功させている。

「昼もあるけど、基本的に夜が本番よ、昼間は海水浴だけだから……これ、うちに肌を出したがらない子が多いからボツね」

　むむ、と唸るリオをよそ目にロザリアは話を続ける。
　昼は散歩でも着替えでも好きにすればいいんじゃないかしら、と言葉を挟んで。

「ま、シャンテ達は参加するでしょう。全体的にゆるいし、行くのは無料だしね。シャンテは自分で何か服を用意すると思うけど……レコとゼルダは普段着かしらね」
「それはよくない！　だよ」

　そうなりますよね、とコーデルが渋面を深くしているがとりあえずまだ制止は飛んでいない。

「服選びに自信ないとも言ってたし」

　貴女わざとやっていますよね、というコーデルの視線をロザリアは華麗にスルーした。

「どう？　くいしんぼ達に我慢させるのはいいとして、お祭りくらい行かせてあげてもいいと思うけど」
「む……」
「おまつり、つまりデート、だね」
「く……」
「あ、ちなみに私は着るもの決まってるから考えなくていいわよ」
「……あ、後で考えます。差し入れが冷めますし……とりあえず三日分あるので、ロザリアが管理してください。振り分けは『適度』に」

（——確かに、ここから気配がする……。それも、知って居るのは１人だけではない様子。だが、元々用事があったのは１人だけなので、他の面子が居ない隙を見計らって、少年は其処へとそっと侵入を果たすと、予想した通りの薔薇色の妖精を見つけて心底安堵の溜息を落とす）

（何故だかあの子やらも来てるみたいだし、向こうが気付かなければいいけれど、等とぶつぶつ呟きつつ）

（そう言いつつてきぱきと何やら荷物から茶器を取り出して。少しの間を置いてから、何処か拗ねたような口調で）

（それより何より素直に心配だった、と言えない気性なのを重々承知らしく、半ば照れ隠しのようにして手馴れた動作で茶器を準備してゆく——）