（今回はENo.348 トーコ＝リハウンド嬢、ENo.985 フィンヴェナハ嬢、ENo.986 花冠殿をお借りしました）



「んまぁ、こんなもんかねぇ……人外にも通用すんなら大丈夫だろ」


一昨日のラルフとの腕試しとやらは特別に開発された訓練用非殺傷弾頭を用いていた。
昨日の喋る魚群との戦闘には7.62mm×54RのAP弾を用いたが、危惧していた威力不足は見られなかった。
ボディアーマーを凌ぐ強靭な皮膚や鱗などを想定していたが、問題なく貫通しているようだ。


「頼りにしてるぜ相棒」


シートの上でフィールドストリッピングの真っ最中だった相棒こと“Dragunov Tigr”
軍に在籍していた頃、マークスマンとして最初に与えられたのがDragunovであった。
それから移籍したり引き抜きにあったりする間にもずっとDragunovシリーズを使い続けている。

近年は依頼遂行の為に長距離狙撃が必要になることもありSV-98を使わせてもらった事もあるが、
どうもボルトアクションは性に合わない。命中精度は確かにいいがイマイチすっきりしないのである。


「さ、今日も立派に吼えてくれよ……ういせっと」


少々昔の思い出に浸りながらも、カチャカチャと慣れた手つきで組み立てを行っていく。
あっという間にシートの上の部品は余す事なく組み込まれ、銃としての形を取り戻した。

そして、満足したのか綺麗になった相棒を岩に立て掛けるとコートの内側を探る。
煙草の箱とライターを取り出して火を着け——


　　　　　　　ガシュッ


「おん？」


　　　　　　　カッ……——ゴリッ


「あらまぁ……」


一回目で火が着かず、感触がおかしいと思ったらこれだ。
鈍い音と堅いフリントホイール……石切れである。
煙草を咥えたまま、しょんぼりとライターを見下ろして肩で息を吐く。


「一服させて欲しいのにね……えーと、何処しまったっけ？」


カバンの中をガサゴソと捌いてインナーポケットに仕舞ってある予備のフリントを発掘する。
一つのパッケージに九個に小分けされたそのフリントはDunhillの青石。
既に封を切られて二つほど消費されている。

安いZIPPOのフリントでもいいのだが、使っているライターが年代物のアンティークな為、
一応純正のフリントで丁寧に使っている。高く付くがそれで故障するよりはマシだ。

フリントの袋を膝に置いてライターをひっくり返し、押さえのネジを親指の爪で……


「……」


……回らない。
いつもコインやドライバーを取り出すのが面倒でチャレンジするのだが成功した試しは無い。
意地になって回そうとしても、爪の表層が剥けるだけである。


「毎度可愛くねぇなぁ」


結局カバンの中からドライバーセットを取り出して作業する。
予備のフリントと一緒に入れてあるのに、面倒くさがるからこうなるのである。


「……よぉしよーし」


フリントを筒の中に落とし込み、石押しバネで蓋をしてドライバーで締め付けて完了。
ライターをひっくり返し、ホイールに指を掛け、今度こそ……


　　　　　　　カシュッ


指がスライドすると同時に綺麗に火花が飛び、ウィックに静かに火が灯る。
作業中にずっと咥えていたせいで、些かしっとりした煙草の先に火を移し一服にありついた。


「あー……うめぇ……そういや、お嬢そろそろ帰って来てもいい頃じゃねぇか？」


水辺を抜けてカラカラに乾いた砂地に入ったところで休憩を取ろうと言う事になったのだが、
お嬢は座りこむどころかプロフ帳を引っ提げて遊びに行ってしまった。
元気な事は良い事だが、一人で襲われてたりしたら……


「……んー、俺付き添いの意味あんのかね？」


照りつける太陽を遮るように、濃く濁った煙を上空へ向かって吐き出す。

先の戦闘の事を思い出してみるが、それほどフォローは必要なかったと言うか……
自分が引鉄を引いたのは十回、丁度マガジン一杯分だった。
正直もう少し必要になるかと思って居たのだが。

お嬢の“正体”を依頼主から説明は受けている。
だが、あの小柄で華奢な少女が？と言うのが本音であった。


「なんにせよ、元気な事はいい事だ……よいしょ、っと」


煙草を灰皿に押し込み、オッサン臭い掛け声と共に立ち上がって腰を伸ばす。
そろそろ、こちらから迎えに行くこうかと荷物に手を掛けたが……


「あ、ウィル居た居た、おーい」


これぞナイスタイミング。
まさに迎えに行こうとしていた当のお嬢が、手を振りながら戻ってきた……のだが。


「……ん？」


そのお嬢の後ろを見慣れない人物が二人。
一人は遠目にも露出したお腹が目に優しい感じの赤髪の女性。
もう一人はジダイゲキとやらで見た事がある笠を被った……恐らく男性。
楽しそうに走ってくるお嬢とは違い、こちらに向かってゆっくりと並んで歩いてくる。


「よぅ、お嬢おかえり……ナイスなタイミングだが、あちらさんは？」


一足早く自分の元に辿り着いたお嬢に尋ねつつ、その肩越しに視線を送った。
視線の先の二人組みは一定の距離を置いて立ち止まってこちらを見ている。


「あの人たち、僕と同じところからきたんだ、僕が“何”なのか当てて見せたよ」


お嬢が笠の人物を指して言う。

“何”なのか……。
と言う事は、少なくとも笠の人物はお嬢と同じ“ニンジャ”と言う事か。
小さい頃は黒いトレーナーを被って漫画で読んだニンジャゴッコをした事はもあった。
ニンジャと言う不思議で恐ろしい存在に憧れを抱いていた物だが……
この歳になってからこんなにニンジャとお知り合いになれるとは。


「思うように体が動かないから手合わせしてくれって……あっち二人だから、僕らも二人ね」


お嬢がこちらの視線を追うように振り向きながら、二人組みに向かって小さく手を振る。
それにはどちらも応えなかったが、女性の方がゆっくりと歩み寄ってきた。


（手合わせねぇ……さっきAP弾入れ直したばっかなのに、こりゃ訓練弾に入れ替えるかぁ）


あの二人組みがこちらに敵意が無く、単なる手合わせだと言うなら無用に傷付ける事も無い。
非殺傷訓練弾の在庫を頭で数えながら近づいて来る女性を黙って迎える。
笠の人物はその場から動かない……笠から覗く瞳は感情すら読み取る事が出来ない。


「花冠の言う腕試しの相手というのは、お前達のことか？」


口を開いた女性は淡々と言葉を発する。
どうやら笠の人物は花冠と言う名前らしい。


「……小さいな」


こちらが何か答える前に、お嬢を見下ろしてそう言い放つ女性。
確かに背が高い、そして言葉も高い所から降って来た。
そして矢継ぎ早に、「我々の相手が云々」「その恰好は云々」とやたら突っかかっている。


（もしかして、これは嫉妬的なヤツ？）


その様子を眺めながら脳裏でそんな事を考えて小さく笑う。
そして改めてじっくりこの女性を上から下まで……


（背ぇ高いねぇ……俺と、同じくらい？いやぁそれにしてもなかなか——）


露出は少ないが、ほどよく見える谷間はなかなかの眺めだ。
まずそこに目が行くのは男として仕方の無いところである。

そしてくびれを主張するように外気に晒されたお腹。
その真ん中には可愛いヘソがその存在を主張している。


（いいねぇ……じっくり眺めたいところだがぁ——）


「お前は…——」


おヘソを鑑賞している間に、気が付けば女性の視線はこちらに向いていた。


（おーびっくりしたじゃねぇか！）


「——…相応の準備が出来ているようだな。
　少なくとも、そちらの小娘よりはな」


「さぁ、どうだかねぇ？」


真剣に観察していた様をどうやら好意的（？）に取られたようなので、
内心の動揺をぐっと押さえ込んで何事も無いように不敵に笑って見せた。


「俺よりよっぽどこのお嬢の方がしっかりしてるんだぜ？」


ウィンク一つを女性に返し、そしてお嬢の肩を一つ叩きニィッと笑って見せた。


「準備できたら始めるかい？悪ぃが俺はちぃとばかし下がらせてもらうぜ」


それだけ言うとライフルを担いで持ち場に移動し始める。
非殺傷用の訓練弾のマガジンを二つ、使い切る前には決着が付くだろうか。


「お前のその得物、幾年か前に書で見た頃があるな」


マガジンをコートのポケットに突っ込みつつ背を向けた所に見咎めるような声。
肩に背負ったライフルの事を言っているのだろうか？


「あの時には随分と面倒の多い道具だと思ったが……
　フン、この状況となっては、舐めて掛かる訳にもいかんようだな」


どうやらその様子。チラリと肩越しに顔だけ振り向けば正解のようだ。
面倒の多い道具と言われればそうだが、何を言われているのかよく分からない。


「ん？書でって、銃のカタログかなんかかい？ま、色々あるしなぁ……」


「まあ良い、刀を交えれば分かることだ」


こちらの問い掛けを遮るように、女性は既に臨戦体勢。
得物は刀……先ほど観察していたが随分使い込まれているようだ。


「面倒だろうがなんだろうが、使い手の腕次第っつーのを味わって貰おうじゃないの」


熱い視線を背中に受けつつ、煙草を引き出しながら距離を取る。
向こうは今にも斬り掛かりそうな勢いだがのんびりとのんびりと。


「それじゃま、お互い準備出来たらおっぱじめようぜぇ……」


（んー……あのお嬢ちゃん“相応の準備が出来ているようだな”とかって
　やる気満々だが、胸とヘソ見てたのばれてたかぁ？）


いやぁ困った困ったなどと内心苦笑しつつ、十数ｍ歩みを進めたところで立ち止まる。
お嬢も動き出した気配に煙草に火を着けながら振り返り、片膝を着いてライフルを下ろした。


「オーライお二人さん、こっちの準備はオッケーよん？」


膝射の姿勢で構えてスコープを覗き込む。


（怖いのはどっちかってぇーと……）


レンジファインダーの中央に、随分遠くになった花冠と呼ばれた男性を捉える。
先ほどから声すら聞いていないが、表情も一切変わっておらず全く行動が読めない……。


（ま、でも取り合えず目の保養よね）


スコープの倍率を上げて、次にレンジファインダーの中央に捉えたのはおヘソ。


「あ、ちなみにおヘソの可愛いお嬢ちゃん、油断すんなよ？
　ウチのお嬢は俺より強いんだぜぇ」


スコープ越しに覗いたヘソに話掛けているようだ。

青年が最初に言ったのがそれだった。
軽く笠を上げて表情を見せて、彼に向き直る。

それからじ、と彼の全身に視線を巡らしてから。

そう、一言だけを零した。