それでも彼らが伝承の世界だとされるには幾つか、その明白な共通点が知られているからだ。


第一にして最大の理由であるそれは、彼らは自らの名前を持たず、代わりに自身を象徴する物品を携えているということ。
一部の者は自らがその姿をとっていることもある。


第二の理由として挙げられるそれは、彼らの誰もが自身の出自を話ささないことに由来する。
彼らと親しく接したとある詩人が言うには、彼らは話さないのではなく話せないのだという。
　真相が何れであるにしろ、彼らは一生を旅して過ごし、その途上で長く留まることはあっても最後は旅に生きて旅に死ぬことを望むのだという。


（「伝承の世界について」より）

「っと、と……」

傍らのエンブリオ……妖猫に話しかけながら歩いておりました。自分もまた不注意ではありましたが、こつんとぶつかるとやや吃驚したように、

「いえ、大丈夫……です。……何か、探し物をしていたん、ですか？」

匂いがする、という言葉にはてなと疑問を抱いていましたが、続けられた言葉に

「懐かしい、ですか。薫りを、辿ってたらここまで……」

よくたどれば、偽の方向、偽自身から緑の香り自体はしていることに気付けるだろうか。
野菜、果実、花、薬草。様々な匂いが交ざりつつも、意識すれば違う植物の香りがすること。

　きのうの食事がおいしかったかどうか、わたしは覚えていないけれど。
　私の作るものを、グリムがおいしいと言って食べることは、知っている。