俺が手を伸ばせば、そこにお前は居るのか？

俺が手を伸ばさなければ、何処にお前は居るんだ？


見つけた・・・だが違った、それが正しかったのかは分からないままで。


俺はあの時何を求めれば良かったんだ？



---------=---------=---------=---------



暑くも無く寒くも無い、雲も出てはいるが陽光を遮る程でも無い、そんな翌日。

歳の所為か早朝に目が覚めた俺は手持無沙汰だったので、まだあまり人気の無い街中を適当に散歩していた。

方々から朝食の仕込みをしている匂いが漂っている。

あちらこちらで出店や屋台の準備をしている音が聞こえてきた。

もうじきに朝食にありつけるだろう。


俺はふと後ろに意識を向かわせた。

俺の後方１Ｍ弱を風に吹かれた様に付いてくる風のエンブリオ。

ルミアと名付けられた光霊は俺と意識を通わせるでも無く、ただ俺の後を追って来るだけだ。

世界の法則が異なっている為か、精霊魔法はおろか精霊魔術も発動しない。

だからエンブリオの力を借りて魔法を行使するのだが、見習い魔術師程度の威力しか発揮出来ないのがなぁ・・・

まだまだ発動まで時間も掛かる上に術組みも大ざっぱだ、この歳で鍛え直しが必要ってやつだろうな。



適当な屋台で軽い朝食を取って集合場所へと向かう。

確か日帰りでの水辺散策だったか、あまり無理のない程度で進めてゆくらしい。

片翼の少女アリスは、昨晩の席で何やら小難しい言い回しでそういった行動方針を伝えてきた。

＜一揆＞と言うのか、大規模な反乱に参加するにしてはどうも若い奴等が多いと感じた。

飄々とした青年ソクはまだましな部類だろうが、白銀髪の少女ユーノもアリスも見るからにまだ子供だ。

ルリアンナとかいう女の説明では他の分世界に援護要請を出したと言ってはいたが・・・・・


集合場所の街門には・・・まだ誰も来ていなかった。

俺は来る途中の屋台で買ったホットサンドイッチを摘まみながら待つことにした。

熱々のパンで色々な具材を挟んだものにかぶりつく。

主な食材は焼き魚・青々とした葉物野菜・赤い果実の様な野菜・酢漬けの野菜・チーズ・甘酸っぱい白ソースなど。

程良く中まで熱が入っている上に、歯触りや噛み応えといった食感も合わさってとても旨い。


全て俺の胃袋に収まった頃、ぞろぞろと町の外へと向かう一揆参加者達が列を成して門を潜って行った。

行列がまばらになり、早朝の農作業から戻って来た人々の姿がちらほら出だした頃になってようやく全員が集まった。

再度今日の予定を確認した後、一行は＜星屑の小川＞散策へと歩き始めた。



---------=---------=---------=---------



空を木々に覆われ、深い色をした川の水は日の光を受けて夜空の星々の如き煌めきを宿していた。

川辺には鈴蘭にも似ている光を放つ小さな花が咲き、見た事も無い魚や植物が自然と彩を添えていた。

時々飛沫となって舞う川の水や川辺の地面すら仄かな星光の様で、どこか幻想的な空気を漂わせていた。


俺達は静かに流れゆく川の上流へと向かって進んだ。

野党や野生生物等の危険な気配は無く、とても穏やかな行程だった。

だから俺たちは自然と他愛ない会話を交わしながら歩みを進めていた。

特に踏み入った様な話題は出てこなかったが、そこそこ有意義な内容の話は出来た・・・と思う。

いや、俺はあまり喋らなかったもんだからよく分からん。


二股に分かれた川沿いの右か左、どちらかを選ぼうと相談していた時だ。

ふと、俺は視線を感じた。

野生の生物が見せる興味や好奇心といった風では無く、獲物を見つけた時の様な高揚した粘っこい視線。

杖代わりにしていた魔杖の握りをずらして肩に乗せ一行に注意を促す。

ソクは即座に意図を察して得物を構え、少女二人も続けて戦闘態勢に入った。

視線の主が川から飛び出す———ギョロリとした目を持つ青白い魚だった。

更に川辺に人魚達が這い上がりこちらに視線を向けている。


どうやら殺意は無い様だが・・・敵意が無い訳でもない。

面倒だが、これを撃退しなければ先には進めない様だ。

こんな所で時間を食う訳にはいかない———俺はスペルの詠唱に入った。



---------=---------+---------=---------



その化物は、俺の故郷の世界でただ唯一＜発光体＞と呼ばれる器官を持った種族だった。

世界全土で百にも満たない総数のこの種族のみが、他の全ての種族から危険視されていた。


黒い肌、真紅の瞳、全てを蝕む狂気と負の力に満ちた魔力、オリハルコンをも腐食させる猛毒の体液。

悪魔じみた人型の巨大な体躯、同属殺しも厭わぬ目に映る全ての生物を皆殺しにする程の残忍性。

大きく捻れた強固で太い頭角、一撫でで鉄鋼すら掻き切る鋭い爪、鮫歯にも似た口中に何列も生えている牙。

ごつごつとした岩石の様な表皮、切り落とされても瞬時に再生する四肢、聞く者全ての心を震い砕く地獄の絶叫。

そして種族の特徴とも言える、様々な色へと不気味に光りを変える黒金色の液体。

その液体は体中から浮き出ている透明な血管状器官の中を常に流動している。


帝国騎士団や領邦の勇士、腕自慢や賞金稼ぎ、引退した手練れの兵士、野心ある英雄候補。

剣槍弓斧銃刀武術の道場館、商業工芸聖典魔法錬金海洋山岳研究冒険———

様々なギルドや冒険者達が幾度も討伐に乗り出したが、唯の一人として帰ってくる事は無かった・・・・・



---------=---------=---------=---------



何の問題も無く戦闘は終わった。


特に期待はしていないが、一応戦利品の確認をしてみる。

辺りには人魚や青白魚の鱗が散らばっていた。

少し手に取って調べてみると、微量の魔力＜マナ＞が含まれていた。

程度の低い錬金やエンチャントには使えるだろう。

他にも丸みを帯びたり賽の形をした石が転がっていたので各自で好きに分配した。


その後も川の上流へ歩みを進めたが、遂に滝壺に突き当たってしまったのでそこで引き返す事になった。

何となくだが、俺の勘ではこの滝壺に用事が出来ると思った。

・・・本当に何となく、だが。



拠点の街へと戻る道すがら。

あれ以降は全く戦いの気配すら無い穏やかな行程で、一行は再び会話に華を咲かせていた。

俺も会話に時々混じった。

そのほとんどが相槌や頷きだったが、偶に投げ掛けられた疑問に答えたりした。

何となく気になった事を踏み込み過ぎない程度で尋ねたりもした。

高々数刻程度の会話ではあったが、かなり充実した内容だった様に思える。

・・・・・そうか、そういえば素性も知らぬ奴等と話し合うのも随分久し振りだったな。



そして俺達は街へと戻って来た。

そのまま解散の流れとなり、各々は街中へと散って行った。

随分あっさりとした終わりだったが、＜一揆＞に参加しているのだからまた縁があれば出会う事もあるだろう。

今は感傷に浸る必要が無い。

俺も今夜の宿と晩飯を探しに街をうろつき始めた。



---------=---------=---------=---------



その翌日。

変わり映えの無い天気の下、俺は昨日散策した水辺に来ていた。

途中で流れが二手に分かれていたので、昨日は散策していないもう一方の川辺を辿って行った。



人影があった。

人魚でも魚人でもない、水着を着た男の姿があった。

水浴びをしていた。

武器や防具や釣り道具等を川岸に置いたままで鼻歌交じりに。

全く、目に悪い・・・

俺は大きく溜息を吐き出し頭を左右に振って今の光景を忘れようと努めた。


ああ、男がこちらに気付いた。

何やら訳の分からない言葉を叫びながら武器を手に取ると、突如としてこちらへ襲い掛かって来た。

どうやら兵士らしい、その単語は聞き取れたがもう何を言っているのやらさっぱりだ。

俺は魔杖を相手へと突き出し、スペルの詠唱を開始した———