■墓守の呪い

お月様がこうこうと照らす砂地を、我らがマニー親分が悠々と歩いている。
一揆も勢いがある奴らァもうだいぶ突き進んだらしいが、親分はあくまでのんびりと、
御城下をぐるっとひとまわりするくらいの気持ちで進んでいた。
今日も風流に月夜の散歩と洒落込んでるって訳だ。

と、しばらくすると前の方が騒がしい。
ばたばたばたと何かがこちらに向かってくるらしい。
よくよく見るとどうやら男が三人、脇目もふらず走ってくる。
こりゃあ何かあったなと、親分が連中を取っ捕まえたのはあッという間だった。

「やいやいやいッ、とにかく落ち着きゃァがれ！」



場面は変わってあくる日の朝、今度はお天道様がかんかんに照っている。
親分は手下のハチベを引き連れて昨夜の砂地を進んでいた。
「しッかし怪しからん奴らですねえ、この一大事に墓泥棒なんて」
「ま、騒ぎが起きりゃそれに乗じた悪党も現れるって寸法だ」と、どうやらゆうべの話しらしい。

親分が夜道で捕まえた連中はいわゆる火事場泥棒だった。
一揆に乗じて御城下のお宝を頂こうっていう不届き千万な奴らだ。
まァそんな小悪党は親分にかかりゃ一発でお縄だが、問題は連中の慌てよう。
ようよう落ち着かせてから一体何があったんだと聞き出した話しがこうだ。

連中が昨晩この砂地をうろついていたら、早速気になる獲物を見つけた。
それは古びた石室のようなもので、御城下にあることから由緒正しい墓らしい。
こいつァさぞ立派なお宝が眠っているに違えねえと男たちはそこに忍び込んだって訳だ。

石室はかなり古いもののようで、中には人っ子ひとりいねえばかりかしばらく人が入った形跡もねえ。
連中が松明をかざして調べたところ、中にあるのは錆びたり壊れたりしているガラクタばかりだ。
こいつァ外れかと思って連中は諦めかけたが、中でも怖いもの知らずの男がひとり、
残るはこいつだけだと最後に残された棺に手をかけた。

と、その瞬間に冷たい風がヒュウッと吹いた。
松明が全部消えて辺りが真っ暗になったかと思うと、さっきまで誰もいなかった石室の中で何かが動く気配がした。



「で、怖くなって一目散に逃げ出したってわけですかい」
「ああ、気配だけじゃなく何かが足を引っ張ったり、外で気付いたら財布がなくなってたりしたらしい」
「へえ、墓場泥棒が逆に財布を盗られるたァ傑作ですね」とハチベは愉快そうだ。
「ま、おかげで小悪党を取っ捕まえられたからいいが、ちィッと気になるな」

そうやって話しながら歩いていると、ようやくその墓が見えてきた。
昼間に見ると話し以上にボロボロで、石壁も半分近く崩れちまってる。
こりゃァ夜は不気味だが、陽の光が入ってきたら明るくって怖くはねえ。

「あッ、親分みてくだせえ、足跡がこっちに向かってきてますよ」と石室の手前でハチベが気付いた。
「墓泥棒たちが慌てて逃げ出した跡ですね。これじゃあ地面がぐちゃぐちゃで何もわからねえ」
「莫迦だなハチ、奴らの足跡ばっかりってこたァ他に外に出た奴がいねえってことだろ」
「えッ、じゃあ墓泥棒から泥棒した奴ァまだ中に…やっぱりこの世のもんじゃねえってことですかい？」
とハチベは相変わらずの怖がりようで親分の後ろに隠れた。
しかし親分は「ま、とにかく入ってみようぜ」と涼しい顔して石室に入っていった。



石室の中は暗いだけあって冷えた空気が流れていた。
親分はまたかがみ込んで足跡を調べ始めたのでハチベも恐る恐る顔を出す。
「おやぶぅん、やっぱり墓泥棒の足跡しかねえですよぉ」と情けない声。
「おいおい、おめえの目は節穴けえ。見ろ。けったいな足跡があるだろうが」
と、親分が指差した先には小皿くらいの丸い穴がいくつも空いていた。
「こりゃあ何ですかい、足跡にしちゃ変に丸くて指がねえようだが」
というハチベの問いを聞いているのかいねえのか、親分はとうとう肝心の棺に目を付けた。

「外に足跡がねえから残るはふたつにひとつだ。ひとつはこの棺桶の中に隠れているか」
と言って親分は、ハチベが止める間もなく棺の蓋を持ち上げた。
「ひッ、南無三！」とハチベが身構えるが中からは何も出てこない。
恐る恐る中を覗くと棺の中は綺麗に空っぽだった。

「こん中にいねえってことは、じゃあ泥棒はどこですかい？」とようよう安心したハチベが訊く。
親分は改めて石室の中をぐるっと見回すと、誰にともなく言った。

「こん中にいねえってことは、ハナからずっとこの部屋に居たってことでえ」

ガラクタだと思っていた、そこら中に転がっている古びた人形が、ぴくりと動いた。