転移魔法。
俺が暮らしていた世界では、かつて存在した古代の種族、古代の文明が遺した魔道具を使うか、
各国各地域を結ぶ役割をしていた神殿の魔法陣を利用することでしか、存在しなかった魔法。

魔道具を使うにも、神殿を使うにも、使用者が望む場所に自由に移動出来るようなものではなく、
例えばある神殿から他の地域の神殿に移動する場合は移動先の神殿を選択出来る程度で、
ダンジョンや野外等で魔道具を使えば、その場から最も近い神殿へと移動させられる。
つまり、移動先は必ず、どこかの神殿の魔法陣に設定されるものであった。

多くの国が多くの土地を巡って小競り合いを繰り返し、
その後同盟や連合を組み、各々の地域を治め、近年漸く安定したという土地柄、
神殿を通すという制約がありつつも、国家間を移動出来るシステムは画期的とされ、
国を渡り歩く商人や各地の遺跡を巡る冒険者達をはじめ、利用する者は多い。


しかし、魔道具も神殿の魔法陣も、仕組みを解明した者は未だおらず。
古代に確立していた魔術論理も、ほとんどが失われてしまった今、
魔法陣を固定し、座標を割り出し、正確に移動する原理を解明するには膨大な時間が必要だった。
多くの先人達が様々な推測と仮定を生み出し、書物に遺していき、それを別の者が引き継ぎ、
俺が遺された書物を紐解く頃には、ある一つの仮定が論理解明に有力な手がかりとなりそうだとされていた。
一冒険者として、一魔術師として。
そして、一人の研究者として、大きな可能性を無視することは出来なかった。

偶然、可能性という名の書物を手に入れて数年。
新たな論理を組み立て、また数々の実験を行い、ある一つの結論に行き着いた。

魔法陣を描く材料。
これが最も重要だと。

俺の居た世界では、満月の晩にのみ咲く、希少性の高い花が存在した。
月光により魔力を蓄え、日が昇る頃に花弁を閉じる美しい花だ。
月の魔力を蓄えた花の蜜と花弁、これを混ぜ合わせ、数日間魔力を帯びた火で煮込み、
さらにその花の種から精製した油と、茎や葉を乾燥させたものを加え、高位の聖職者が清めた聖水で伸ばす。
これをインク代わりとして、魔法陣を刻むのだ。
高い魔力を帯びた素材を触媒として用いると、それだけで集まる魔力も段違いになり、
また、変換し、発現される魔力も規模や威力が全く違うものになる。

俺が知りうる限り最高の材料を最高の方法で精製し、触媒とした・・・・・・つもりだった。
魔術論理も何度も組み立て直し、先人達の知識を洗い直し、自らの師の知恵も借りた。
失敗の要因はほぼ無いと言い切れた。

ある意味では、実験は成功だったと言えよう。
誰も為し得たことのなかった、「魔法を使って魔法陣の上ではない場所へと移動する」ことが出来たのだから。


問題は。
何故メルンテーゼに引き寄せられてしまったのかということ。
そして・・・・・・メルンテーゼから、どうやって元の世界に帰るのかということ。


ネクター。
メルンテーゼにおいて、エンブリオ—つまり精霊のようなものと認識している—と契約するのに必要な花。
これが、もしかすると、月夜に輝くあの花の、代わりになるかもしれない。
ならば。
これを独り占めしているという王から、少々以上、拝借しなくてはならないだろうな。


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新たな仲間を得た。
というのは、戦力になって欲しいと提案を受けた側が言うには少々語弊があるような気がするが。
ヘクター、オズワルド、ユージェニー。
メルンテーゼの住人である彼らには、ネクターは無くてはならないものだという。
彼らの真剣さや人柄の良さそうな顔立ちは、かつて、俺が冒険者だった頃に共に過ごした仲間達を彷彿とさせる。
歳も仲間達と出会った頃と同じくらいだろう。
・・・・・・ああ、そういえば、俺が魔法の転移先に指定していたのは、かつてのその仲間達の家だったか。
昔の仲間に会い損ねたのは残念極まりないが、彼らを思い出させる新たな仲間と出会えたのは喜ばしい。

無事に元の世界に戻るまで、彼らと共に過ごすのも悪いことではなさそうだ。

紹介されたエンブリオを目を輝かせながら興味津々に見つめている。

オズワルドの一言を聞いた途端に、
頭から蒸気を出して固まってしまった。

ヘクターに連れられて、金髪の魔法使い然とした男がやってきた。

突然喋りだした使い魔を押しやりつつ、メンバーに紹介する。

使い魔であるピンクは、冗談半分で騒ぎ立てながらクロムの影に隠れた。
クロムは咳払いをして、メンバーに向き直る。