ラルフさんと戦って分かったこと

・今までの様に魔法を使えるわけじゃない。
私が使ってきたのは、学校で習った陣式と、自分で少々弄って編み出したもの。

——世界によって、それはとても難しい事だと言われるらしいが。
クヴェレネヒテの魔法は定められた基礎の上にしか成り立たない。
逆に言えば、基礎さえ正しければ、その上に何を組むかは自由である。
もちろん、自分の魔法回路で可能な演算範囲内で、ではあるけれど。
過ぎた力を乗せた術は、使用者の回路を焼き切って廃人を産む。
そう言ったことや、自分の回路に適切な陣式の組み方を教えることも、学院の課程の一つ。
なので、発現する力が限りなく近くてもその陣式が大きく異なることもある。
私たちの『魔法』は、そういうもの。

しかし、『エンブリオ』……クラちゃんと、呼ぶことにした生き物を通して発現させた力は、違った。
クラちゃんを通した私の魔力は、陣式を描く前に『形を取らされた』
陣式を描かされた、と言い換えられる。
恐らく、この世界でしか通用しない力には、ある程度の形が決まっているのだろう。
もしかすると、その形を作ってくれるのがエンブリオなのかもしれない。

・今使えるのは、傷を癒す力と、身体強化の力。
しいて言うなら『ruhig Wirbel』『Schnee Gebet』が、近いだろうか。
通す魔力にこめる願いを変えることで、描かれる形が変わった。
この二つ。
クラちゃんにネクターを渡すことで、もっと多くの形（ねがい）を渡すことができる？
これはとりあえず試してみることにした。


と、つい癖でここまで考えたが、正直『わからないことが多すぎる』
これがクヴェレネヒテを経ての移動なら、事前にこの世界について知ることもできたかもしれないのに。

あの世界では、此処はどんな『星』に見えるんだろう。

『堕ちてきた』私には、知る術は今はない。

そう、私は『堕ちてきた』

ただの落下じゃない。
きっと、あの世界から弾かれてしまった。
世界を助ける為じゃなく、私の目的の為に渡ったから？
それとも、いいや、きっと、あの夢のせい。
あんなものを抱えた私を、追い出したくなったんだ。

私にそのことを教えてくれた人は、私に傷をつけた。
簡単に。
断ればもっと切られるかもしれない。
それは、怖い。
もう、痛いのはいや。
でも、ついて行けば、私の力を誰か……あの人のために使える。
まだこの世界からは弾かれていない。
ここでなら、私は生きていけるの？
捨てられない？

わたしも
　　　　ただ、普通に生きたかっただけ。
　　　も

私は

私は——


***


進んだ先にあった小川は、とてもきれいなところだった。
ラルフさんとの手合せを見た女の子と、リボンまみれの男の人。
つい、声をかけて連れてきてしまった、が、
呼んでないものまで、来てしまったみたいで、私たちは武器を取った。

何とかなったけど、今度はなんか、
水着の人を見つけてしまった。

……襲ってくるなら、私がどうするかなんて、一つ。
痛い思いはしたくない。されるまえに、去ってもらうだけ。

ミモザと名乗る少女は微笑みを浮かべ、右手を差し出す。
『握手』の概念は、シセの世界にはあったのだろうか。

と、視線に気づいたのだろうか、彼女は慣れた手つきでナイフを抜く。
銀でできた刃に、赤黒い色で描かれた複雑な紋様。
——それに込められた『呪い』に、シセは気付くのだろうか。

突然声を掛けられて、少女は少し驚いた様子を見せる。

そこまで言うと、少女はしばらく黙り込んでしまった。
なにか考えているのだろうか。
少し間を置いて、自身と契約しているゴレムを抱き上げると、再び口を開く。

少女の腕の中で、ゴレムは小さく首を横に振っていた。

少女の仕草に対し、少年はそれ以上何も告げなかった。
笑顔を見て、こちらも柔らかな表情を浮かべる。

そういえば、自分はまだ、目の前の少女の名前を聞いていない。