『董琉……董琉……』

声を掛けられ見上げると、そこには父の顔があった。
優しい父であったが、その時は普段と違い厳しい表情で、
若干怖さを感じたと記憶していた。

『董琉、さぁ……』

そう言って父は背中を優しく押し出す。
そこには一人の少女がいた。

『この方が、お前が御護りする事になるお方だよ』
『あの、父様……？』

どうしていいか判らない。
女の子は一人鞠で遊んでいたが、
うろたえている自分に気付いたようでとてとてと近付いてきた。

『貴女は？』
『あ、あの……とうさ……』

後ろを振り返る。
しかし、既に父の姿はなかった。

『ねぇ、聞いてる？』
『ひ、ぅ』

人見知りが激しかった幼少時、
思えば稽古や作法の訓練が主で、
同年代の子供とは全く付き合いが無かった所為だと思う。

『聞こえてるの？それとも、お名前が無いの？』
『あの！……あの、董琉……です』

何とか声を絞り出す。
最後の方は尻すぼみになっていたんじゃないだろうか。

『そうなんだ。董琉……』

それでも、女の子は聞き返すなんて意地悪な事はせず
自分の名前を吟味するような感じで一度頷いた。

『あ、あの……』
『うん、じゃあ董琉ちゃんね！』
『董琉、ちゃん？』
『そう、董琉ちゃん！』

女の子が楽しそうに繰り返した。
対照的に、自分は凄いビクビクと聞き返す。

『あの……貴女は』
『あ、私はね……未琴！董琉ちゃん』
『は、はい』
『私とお友達となってくれる？』



「ん……」

瞼を開けると、木漏れ日が刺さってきた。
幾分日差しが強く感じる。

城壁内に入って二日目。
王城の中に立派な旅籠があるわけはなく
当然の如く野営空けの朝。
訓練などで慣れてはいるが、
当然ちゃんと屋根のあるところで休むのとそうでないのは
疲労の残り方が大分違う。
ここに来るまでには途中民家で納屋などを借りたりも出来たのだが……
これから暫くはこんな生活が続きそうだ。

「……懐かしい夢を見たな」

子供の頃の……嬢と私が初めて会った時の話だ。
思い出してみると、あの時の自分はかなり弱かった。
まだ父達とのちゃんとした訓練に入っていなかった所為もある。

しかし、腕前よりもまず人としての心がとても弱かったと感じる。
それとは反対に、嬢はあのころから随分社交的だったのだな、と言う事に気づく。

「持てる物……か」

絶対に必要とは思わないが
あるならば重宝するだろうとは思う。
それに、嬢は将来カムヨリの上に立つ人物だ。
なればこそ、その性質は役に立つはずだ。

「……さて」

嬢の姿が見えない。
休む場所は嬢が安定した場を選定してくれた為危険はないと思うが
念の為に交代で寝ず番を行っていた。
嬢は明け方からの担当——元々夜は寝て朝早く起きるのが習慣の為苦ではないだろうが——だったが
全く、これでは担当を決めた意味がないな。

この状況で、嬢だけを対象にした誘拐などと言うことに考えは至らない。
そうであったならば、まず嬢も抵抗するだろうし、そして場もあれるはずだ。
第一、そんなものの接近があれば私がまず気付くはず。
ならば、自分からこの場を離れたと言う事になるが……。

「朝の御勤めは無いだろうし……」

一体何処に、と言い掛けたが
木の裏手すぐの場所に居た。

「未こ……嬢」
「あら、起きたの？」

エンブリオを顕現させて
意志の交感を行っていたらしい。
未琴、と言いそうになりあたりを確認、
特に人が居る気配もしなかったため言い方を直した。

「別にいいのに」

そう言って、嬢は少しむくれた。

「態々必要のないところで呼びつける必要もないだろ？」
「董琉、喋り方はきつく感じるのにね」
「すまないな」

苦笑で答える。
お互い、それぞれの修行では別行動になるわけだが
そこで自分はどうも喋り方が歪んでしまったらしい。
まぁ、最低限は果たしていると思おう。

「それで、ここで何を？」
「ええっと、自分の能力の見直しを、ね」
「ふむ」

いい心がけだと思う。
しかし、修行嫌いの嬢が一体どういう風の吹き回しか。

「そんな顔しないでよ。私だって、これからもっと役に立ちたいと思っているんだから」
「良いことだと思うが、しかし私達の事を見ててもらわないと、寝ず番の意味がないのだが」
「董琉だったら起きるからいいじゃないの！リトルだって起きると思うわ」
「そういう問題ではないが、まぁ何もなかったしいいとしよう」
「全く、口調なんかよりも全然失礼だわ！」

どうやら怒らせてしまったらしい。
しかし、反省が出てきたと言うことはいいのかもしれない。
実際、昨日の猫精霊との戦闘が嬢の初陣のような物だ。
自分で見えた部分も多いのだろう。

「さ、董琉。今日も進むわよ。こんなペースじゃ全然王様になんか付かないだからね」

さて、今日も忙しくなりそうだ。