【‐邂逅‐　参戦前・元の世界にて】（Eno.1641さんの日記の、別視点日記です）


陰陽か、仙か。

もう幾度目か、刃を振るいながら目の前の女の“奇妙な術”に目星をつけてみる。
先程から、仕留めるつもりで繰り出した攻撃が悉く“逸らされて”いる。
牽制や間合いを取る為のそれとは違い、
狙い済ました様に致命傷になり得るものだけが。

合間合間に飛んでくる攻撃から見ても、（それなりの場数は踏んでいる様だが）
相手の体術は決して手練れとは言い難い。
にも関わらず、まず仕損じる筈のない呼吸で放ったこちらの一撃を——
それはまるで、無理やり捻じ曲げられているかの様な妙な感覚。
そのつど、何事かの術を用いているのは間違いないだろうと思った。

（ならば。“こちら”は、どうか）

宵闇色の忍装束の下、背の蛇に淡い燐光が走る。
ふわふわと辺りに浮かんでいた鬼火の一つが急速に膨れ上がり、熱を孕み。
青白い光が、狂おしく身を踊らせながら女へと向かう。

瞬間、目を見開いた表情。
舌打ちの音と共に、女は被っていた笠で炎を払い、眼前に迫った鬼火を打ち消した。

「あっつ！　あっちーな…　全く」

女が、落とした笠を拾う。
燃えるどころか、焦げ一つ無い笠を見て僅かに眉根が寄る。

（…同じ、か。術の出所は分からぬが、厄介な。
こういった手合いは、相手の体力次第——持久戦になろうか）

次の一手へ思考を巡らせながら、口を開く。

「おぬｓ「せんさまー、大変ですの」——」

答えが返ってくるとは最初から期待はせず、
“その妙な術は何か”とただ問うつもりだった。
しかしそれは、女が連れていた姦しい式らしきものに遮られ。
くるりくるりと忙しなく回りながら、それは“結界が解けている”と主に告げた。

——

深いため息がひとつ。
憮然とした顔で、女が言い放つ。

「俺、帰るわ。雇い主が亡くなったみてぇだし」

その言葉を裏付けるかの様に、同時にひらりと青白い炎の蝶が舞い込む。

“事　成セリ”の合図。

女の言葉に嘘は無かった。こちらの目的は、無事果たせた様だ。
この女が引き付け留まらせる役であった様に、
その相手をしていた自分もまた同じ役目。
本命へと向かった主家の三男坊は、既に悠々と帰路へ着いているのだろう。
飄々としたいつもの顔が目に浮かぶ。

しばし女の様子を窺ったが、
体に先程までの緊張は見られず、何か術を使う気配も無い。
こちらの出方を窺いながら、気だるげな顔がこちらに向けられているばかり。
油断を誘う芝居という可能性もあるが…
いや、恐らくそちらも言葉通りなのだろうと見た。
何故ならば。

（顔にあからさまに　“面　倒　く　さ　い”　と書いてござる）

「……」

どうやら依頼以上の働きは、しない主義らしい。
ならば、これ以上の長居は無用。
こちらも刃を収めると、無言のままに女へ背を向ける。
それまでの攻防は、こうしてあっけなく幕引きとなった。


＊


——“あくまで仕事”という事か。
追っ手に警戒しつつ退路を進みながら、ふと先程のやり取りを思い返す。

（あれは忍…では、なかろうな。
…されどある意味、その心持ちは忍の様な）

胸の内で呟きつつ、
しかしその奇妙な術を使う奇妙な女に気を向けたのは、その一瞬まで。
次の瞬間には既に先の事へと頭を切り替え、忍は闇に紛れて夜を駆けた。


＊


そうしてその後、再び相見える事も無く——
きっとどちらもお互いを忘れていただろう、その時までは。

どういう巡りあわせかよりにもよって異界の地で、
小ノ木家の庭で、再会するまでは。

武器を構えた兵士を見、心細そうに嘆く。

（近付いてくる忍者にビクッと一瞬肩を揺らし、視線をさまよわせる。
頭上からの忍者の言葉に、しばし驚いたように目を丸くするが、
マフラーの下からモゴモゴと言葉を紡いだ。）

僅かですが…。と一言、申し訳なさそうに巳南に手渡す。