某日。
紫煙の燻るとある場所で、奇妙な密会が行われていた。
顔を連ねるのはカジノのオーナー、この辺り一帯の界隈を仕切るマフィアのボス、
そして何とも場にそぐわない貴族のような風体の男。
扉には厳重に鍵が掛けられ、屈強な男たちが警備に立っている。

「さぁて。始めようじゃないか、諸君」

どっかりと椅子に腰掛け、上等な葉巻を咥えてニヤニヤと部屋を見回しながら
恰幅の良い貴族の男はねっとりとした調子で口を開いた。
それを合図とばかりに、オーナーは足元に置いていたケースを恭しく卓上へと乗せる。

「こちらが、今月のあがりでございます」

ケースの蓋を開ける手をマフィアはじっと注視する。
オーナーはその視線に少しばかり居心地悪そうにするものの、
金貨がぎっしりと詰まったそれを、ずずいと貴族のほうへと差し出した。
目の前に広がる黄金の輝きに、貴族は身を乗り出してその量を確かめる。

「ほっほォ！今回は多いのォ！いつにも増して黄金色が眩しいではないか！！」
「……ほぉ。これは確かに。よほどのカモが迷い込んだんだろうよ。馬鹿な奴らじゃあねぇか、くくく」
「えぇ、そうなんです。先日訪れた二人組がみるみるうちに大金を落として行きましてね…ふふふ！」

ある者は葉巻の煙を吐き出して、
ある者は熟したワインを盛大に飲み干し、
ある者は両手を打ち鳴らして破顔する。
三者三様の笑い声が室内に響き渡った。

「…それでは是非、今後ともよろしくお願いしますよ、ふふふぅ」

目の前の人物らの顔色を伺いながら、オーナーは平身低頭、
手を揉みながら両者に媚を売る。





良きに計らえ───そう貴族が告げようとした　瞬間。
扉が大きな音を立てて砕け散った。






「ハッハーン？ここが犯行の現場ってヤツかぁ〜？」

『砕け散った』——まさにそう表現するにふさわしい壊れ方をした扉の奥からのそりと姿を現したのは、
金髪に赤い瞳、そして同じ色のジャケットを着た大柄な男——ジャックだ。
ぷらぷらと揺らす手には銀色に光るナックルが装着されている。
良く見れば指間部分にはダイスを模した鋲が嵌っていて、ともかく凶悪な得物であるようだった。

「へぇ、案外普通の部屋だな。まあ、そこがミソなんだろうけど」

続いて顔を見せたのは先程の男よりも随分と細身の優男───ブラック。
黒い服に身を包み、にこやか…というよりはどことなく薄ら寒さを覚えるような、冷たい微笑を浮かべる。
そうして値踏みをするように室内の人物を一通り観察すると、彼はその笑みをより一層深くした。

「なっ、なんだ貴様らは！？どうやって中に…どうしてここだと！？」
「やかましい音立てやがって……礼儀を知らねぇクソガキが」
「！！！！　ああ、あ…！あの二人は……！？」

あまりの衝撃に呆然としていた貴族たちは、ここに至ってようやく状況を理解した。
動揺のあまり意味不明な言葉を喚き散らす貴族に対し、
マフィアはこのような事態には慣れているのか、悠々と銃を取り出す。
そしてオーナーは二人の顔を見た途端、さっと顔色を変えて身を屈め震えだした。

「ヘイヘイ、おっさん方よぉ。いまどき流行らねぇぜぇ〜？
こ〜んなしみったれた部屋でよぉ、裏取引の密談だぁ？？
だっせー！だっせーにも程があるっての！！」

ギャハハハハ！とジャックは大声で笑い声を上げた。
その声量は隣にいたブラックを始め、マフィアや貴族も思わず耳を塞ぐほどだ。
にやにやとした笑みを浮かべながら、ジャックはずかずかと歩み寄り、座っていた貴族たちを見下ろす。

「よぉ、随分と金回りが良さそうじゃねぇか。なぁ、おっさん」
「……けっ」
「あ？」
「警備の者はどうした…！？何重にも配置していたというに！こんな、薄汚いねずみを…入れるなど…！！」

その取り乱しように、ジャックは得心がいったという面持ちで頷いた。
ニヤリと口角を上げ、ダン！！と思い切り貴族の背後にある壁に拳を振り抜く。

「ハッハァ！警備だぁ？？そんなもん外で全員仲良ぉくおねんねだぜ、あーっはっはっはっはっは！！」

予想だにしない事態に青褪め震え始めた貴族を見下ろし、ジャックは楽しげに笑った。

…が、キチリ、と撃鉄を起こす音が聞こえてジャックはゆっくりとそちらの方へ視線を動かす。
その先で苦々しい顔をしたマフィアが年季の入ったリボルバーを構え、咥えていた煙草を床へと吐き出した。

「……10秒やる。命乞いしろ。そうすれば今回は見逃してやる」

肚の底から響くような声で凄みを利かせながら、ジャック、そしてブラックへと視線を移しながら告げる。
しかし二人はきょとんとした顔で互いに顔を見合わせると、弾けるように笑い声を上げた。

「あはははは！命乞い？見逃す？ 随分と優しいマフィア様じゃないか、なぁジャック！」
「全くだぜブラック！こんな腑抜けたマフィア様ぁ初めて見たぜ！！ギャハハハハ！！」

貫録ある睨み顔は見る見るうちに紅潮し、そのこめかみには青筋が浮かぶ。
奥歯をギリリと噛み締めるその様子に、二人はさらに笑い声を大きくする。

「…死にてぇようだなァ、ひよっこ共がぁあああ！！」

トリガー弾がが引かれ、放たれる。
対面にいたジャックは卓を返して一発目をやり過ごしつつ距離を詰めるが、
マフィアは壁に後退しながら二発目を込めて狙いを定めて再度撃つ。
ジャケットの裾を撃ち抜かれながらも紙一重でジャックが避けると、
まさか避けられるとは思っていなかったマフィアの装填の手が一瞬遅れた。
その機を逃すことなく、ジャックは一気に間合いを詰める。
装填を終え、撃鉄を起こそうとしたまさにその瞬間。
ジャックの手がその手首を掴み、ギリギリと捻り上げた。

「う、ぎ────ッ！！？」
「ハッハァ！おせぇ、おせぇんだよ！アンタもマフィアの端くれならビビってんじゃねぇよ！！」

ゲラゲラと馬鹿にしたように笑うジャックをマフィアはぎりと睨みつけるが、その口元からは痛みによる浅い息が漏れ出す。
ジャックは一度天井を仰いで息を吐くと、捻り上げていた手首を後ろの壁へと思い切り打ち付け、
もう一方の手でマフィアの頭部を掴むと、手首と同様、壁に打ち付けて握る力を強めた。

「ぐっ、ぁぁあぁ…！？」
「よぉ、アンタ。こんなのは大した痛みでもねぇだろうが。
アンタ、ボスなんだろ？ならもっと気張れや。なぁ？情けねぇにも程があるじゃねぇか。なぁ？なあ！」
「ぎや……！？」

ミシリ。
骨が軋む音がするほどに手首に圧をかけられ、マフィアはたまらず拳銃を握り締める手を緩めた。
指をすり抜け、ゴトンと拳銃が床に落ちるのをすかさずブラックが拾い上げる。
ジャックが笑いながら何度も拳を振り抜くさまを横目に見ながら、ブラックはやれやれと苦笑を零した。


「……ぁ」

そこでふと、ブラックと視線をかち合わせたオーナーは、身を隠していた卓の下で声を漏らした。
それを耳聡く聞きつけたブラックはうっそりと微笑むと、待ってて、と小さく声をかける。
オーナーは救いの手が差し伸べられていると思ったのか、涙を浮かべながらこくこくと何度も頷き、
こっそりと部屋の隅へと移動して膝を抱えて事の成り行きが過ぎるのを待つ体を取った。


ブラックはそんな様子に肩を竦めると、震えているもう一人───貴族へと足を向けた。
がたがたと震え、許しを乞うような表情を浮かべて、貴族はただブラックを見る事しか出来ない。

「…なぁ、あんた。さっきさ」
「…………？」
「さっき。俺の相棒の事……薄汚いねずみって言ったよな？」
「───ッ！！」

にこり。
微笑む顔とは対照的に、ひたすらに冷たい響きを持った問いかけ。
貴族は風切り音がするほどに何度も首を横に振った。
その反応にブラックは小首を傾げて「ふぅん？」と相槌を打つと、


おもむろに椅子の脚を蹴り飛ばした。


「ギャ……！！」

大きな音を立てて椅子は倒れ、それに伴い貴族も床へと盛大に転げ落ちた。
動転しながらも這いつくばって逃げようとする貴族の退路を塞ぐように立つと、
ブラックはその白くふっくらとした、如何にも労働とは無縁であるといった風の手を踵でガッと踏みつけた。

「ひぎ…ぃ！や、やめんかぁ…！わ、私、わたしを誰だとぉお…！！」

痛みでのた打ち回りながらもなお権威を振りかざそうとする貴族を見下ろしながら、
ブラックは空いているもう一方の足で思い切り貴族の顔を蹴り飛ばす。
反動で床に打ち付けられた頭をさらに上から踏みつけると、

「あのな、あんたが誰とか、俺には関係ないんだ。あぁいや、今回に関しては少しあるかな？
でも、その辺はどうでもいい。…あんたらは俺たちの戦歴に泥を塗って汚した。制裁の理由は、それで十分だろ？」

と、冷え切った瞳を細めた。

「それに…俺、自分が嘘をつくのは嫌いじゃないんだけど、嘘をつかれるのは大嫌いでさ。
——認めろよ。あんた、俺の相棒を…貶したよな？」
「───ふぎ…ッ！！」

床が軋むほどに頭を踏みしめられて、貴族はくぐもった悲鳴を上げた。
足の下にある手は鬱血してきたのか、尋常ではない色に変化しつつある。
が、ブラックはどうという事もないと言った顔で、もう一度頭を蹴り飛ばした。
…鈍い感触。鼻でも曲がったのかもしれない。

「も、も…やめ……許し………こ、ころさ…ない、で…」

息も絶え絶えに懇願する姿を呆れたように眺めると、ブラックは気だるい溜息をついた。
汚れたモノにでも触れるかのようにおざなりに相手を足先で小突く。

「俺はさ、謝罪が欲しいだとか、そんなつまらない事を言うつもりはないんだ。
ただ、次にもう一度だって俺の相棒を貶しめるような事を言ったら——分かるよな？」

穏やかなようで酷く冷たいブラックの声音に、貴族は何度も何度も頷いて応える。
その様子によしよし、と頷くとブラックはもう一度だけ貴族を蹴り上げた。
小さな呻き声は聞こえたものの、それから貴族は動くことはなく、おそらくは気絶したらしかった。



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※以下、ジャック(ENo.1597)の日記に続きます。
http://ikki.x0.com/r/k/k1597.html#DIARY

少女は急に近づいた顔、腰に回された手に驚き、慌てて振り払うと声を荒げる

2人の小馬鹿にしたような笑いが妙に頭に響くがまともに思考が働かないようだ

少女は肩に掛けていた2刀の曲刀を持つと金髪の男に向け構える
その所作は慣れたものであり、彼女がショーテルの扱いに長けている証でもあった

呆れ顔で溜息をひとつ吐くと、ブラックは目の前の少年と少女に向き直り笑みを浮かべた。

少女に破顔した笑みを向け、対して少年には挑発的な笑みを浮かべる。

アールは槍を二人の男に向かって構えた

少女は慌てている。