限界だった。
　それは予測出来ていた事であった。ただ、シノの予想よりもその到来が早かっただけの事。

「はぁ……」

　「トトー」を、元いた世界から持ち込んだ教材を抱え、とぼとぼと二人の後をついていきながら、シノは盛大に溜め息を吐いた。
　限界なのだ。頭より心より先に、体がそう叫んでいる。

「トワコちゃん……シズさん……」

　びっくりする程典型的なホームシックであった。
　溜め息も呟きもこのエリアに来てから数度（数十度）目のものであったから、前を行く睦月もシャラも何も気にした様子はない。もしかして、鳴き声か何かだと思われているのだろうか。それはなかなかにゆゆしき問題である。シズさんもトワコちゃんも人の名前だ。
　シノのいた世界では、「魔術」や「魔法」の類はメジャーなものではない。ほとんどの人間がそんなものはない、おとぎ話と思っている。
　であるから、シノも普段はその職業をただの「大学職員」と偽り、世界と世界の狭間にある魔術専門の大学で講師をしています、なんて事は人に言ったりしない。
　それがたとえ血を分けた家族であろうとも、だ。
　シズは同じ墓に入ると決めた女性であるから、シノの全てを知っている。だが、幼く可愛いトワコには、本当の事は何一つ言っていない。ただ、パパは大学というところで人にものを教えているんだよ、と言うだけだ。
　こうして杖をふるい、書物を開き呪文を唱えているのも、トワコは知らない。
　そう思うと、あの無垢な少女がことさら愛おしく、また、あわれなものに思えて、父ながら憐憫と愛しさと申し訳なさと愛しさと感慨と愛しさと、兎に角愛しさを思わずにはいられないのである。
　ああ、可愛い可愛いトワコちゃん。元気かなぁ。シズさんの言う事ちゃんと聞いて、好き嫌いとかしてないかなぁ。学校の宿題もちゃんとやってるだろうか。朝顔の水やりとか。

　ひとしきりそんな事を考え、また大きな嘆息を吐いた、その時であった。

「……なぁ、シノさん」
「え？」

　数歩前を歩いていた二人が全く同じタイミングで立ち止まり、睦月がこちらを見てほろりと苦い笑いを零す。

「「さっきから、考えてる事全部口に出てる」」