【Side：Griselda／03　生きるために必要なこと】

「保存食が尽きた」

　唐突に、最悪の発表だった。

　本日も拠点のテントからお話は始まる。
　いつになく深刻な顔をしたシャンテが召集をかけた夕暮れ。先程から出かけているロザリアを除き、ほぼ全員が居間に揃っていた。

「あらー、それは困っちゃったわねー？」
「シーちゃんそれホントぉ！？　確か、今日の分はだいじょぶじゃなかったぁ？」

　アデルとレコの、テンションに大きく差のある驚きの声を受けながら、シャンテは腰に当てていた右手を額へと持ち上げた。

「残念ながらマジで。そもそも俺たち、この世界に来てからろくに稼げてないからなー。なるべくしてなったようなものだが……」

　ため息を交えながら窮状を語る。その声に嘘は無さそうに見えた。
　そもそも今回のメルンテーゼ来訪メンバー内の、大喰らい三名のうちの一人であるシャンテが、食の事を偽るなどありえない。
　──ちなみに余談だが、後の二人はリエッタとゼルダである。

「そんな……、あれで最後だったなんて」

　で、そのゼルダの顔が青い。これからの食事の心配をしている、というだけではここまで蒼白にはなるまい。

「うん、まあ残ってたの全部食べたのがゼルダなのは分かってんだけどな」
「えぇ〜。ゼルちゃんが犯人だったのぉ？」

　その様子に思わず脈を取り出したレコが、泣きそうな声を上げた。それでも動作は続けているから大したものだ。

「いえあの……まさか全部とは思わなくて」

　ゼルダもゼルダで大人しく脈を取られているが、このくらいのやりとりで突っ込みを入れる者はこの場には居ない。残念ながら。

「でも、ゼルダが考えなしに食べちゃうなんて珍しいわねー」

　ほわほわと疑問を口にするアデルに、シャンテが頷く。

　廃塔庭園を拠点とする冒険者パーティ三組。その内の一組にてゼルダはリーダーを務めている。年の若さや、世間とは隔絶された環境で育った影響で時に突拍子も無い言動を見せることも多いが、人柄に関しては良好だ。

　食事も、確かに休日は人一倍摂っているようだが、冒険中など仲間が関わる環境でなら自制が効く方でもある。
　そんな彼が、考えなしに保存食を食べつくすことは無いはず。なのだが。

「リエッタ」

　ここまで珍しく、一切発言の無かった青紫髪の少女が、シャンテの呼びかけにびくりと肩を揺らす。

「お前、ゼルダにまだ余裕があるとかそんなこと吹き込んで食わせたろ？　……ああいや、ろくに残りも見ずに適当云った、だな？」
「……」

　騒がしい、という一言でその性質を説明出来るリエッタの沈黙。
　半眼の追求に対してゼルダの背に隠れてぷるぷる震える様は、まるで猫のようだ。

「お、お腹が空いてたんだもん」
「半霊体でよく云う」
「ぐぬー」

　そんなリエッタがようやく搾り出した弁明の言葉に、台所を主に預かる青年はにべもない。

　リエッタは実体を持たない。元素エネルギーを司る異界神の彼女は、数百年前に起きた事件とやらで身体と力の多くを失っている。
　普段はかしましく、アデルやロザリアからマスコットのように扱われる程に存在感を放ってはいるが、それは全て神子のゼルダが居るからだ。声も姿も他者が認識できない程に希薄なリエッタを、何故かゼルダだけは見聞きし、更に周囲の者にも感知させることが出来る。
　そんなことが出来る理由は未だはっきりとは判らないが、ともかくゼルダは生まれつきリエッタに干渉する体質であるらしい。
　そしてその干渉の一つに、ゼルダからリエッタへと味覚共有する現象がある。リエッタは食事する必要はないが、元々は人だったために食べることの楽しさは知っている。

「あの、シャンテ……。リエッタに聞いたまま、誰かに確認せずに食べた私が悪いんです」

　つまりは、そういうこと。
　ゼルダが大食いになったのも、こうして幼少期からせがまれるまま物を口にしたせいなのだろう。

「それはそうだ。だが今更だし、皆お前がリエッタに甘いのは知ってる。だからまあ、管理が緩かったのもあるな」
「ふふ、在庫表でも作ってみるー？」
「在庫になるものが手に入ったらな」

　案としてはありだが、と息を吐くシャンテが、その深く青い瞳をしょんぼりする二人へ向ける。

「リエッタは次回のおやつなし。ゼルダは共有しないように気ぃ張っとけ。でお前自身も次回は半分な」
「はい……」
「うぅー」

　次回だけなしだとか、食べた本人が半分で済むだとか、随分と甘い沙汰だ。と、余所からは見えるかもしれない。
　だがここで、シャンテ自身も大食いであることが影響してくるのだ。食べられない苦しみを知るから、これでも効果充分と判るし、あまり飢えさせると自身が心苦しくなってしまう。

「決まったところでぇ、今日のご飯どぉするぅ？」

　仲間達もその辺りは知ったものなので、それ以上を要求することは無い。

「そうですね、少し辺りを探してみましょうか。なにか少しくらい、食べられるものがあるかもしれません」

　そして一度方針が決まってしまえば、意識を切り替えるのは全員得意なものだ。
　それでなくてもゼルダは仲間への責任感が大きい。今は一刻も早く、目前の夕食をどうにかするべく動き出すだろう。

「ああ、そういやここに来る途中で野草を採っておいたんだっけな。そんなに量はないが、添えくらいにはなると思う」
「くさたべるの？　だよ」
「なんだよ文句あんのか。冒険者ならなんでも食えるものは笑顔で食い尽くせよな……って、あれ？」

　聞き覚えのある声の疑問形へ半眼を向けて、そこでようやくシャンテはテントの人間が一人増えている事を認識した。
　見ればゼルダやリエッタ、レコも目を丸くして、その＋１の存在を見つめている。誰も彼がいつテントの中に入ってきたか察知しえなかったのだろう。
　……アデルは相変わらず底の見えない笑みを浮かべているが。

「リオ。入ってきたなら入ってきたで挨拶くらいしろよ」
「ん、じゃあ、おひさしぶり？　だね」

　ふんわりと、首に巻いた薄手のマフラーを揺らすリオもまた、考えの見えない目をしていた。
　それを見てレコが、こそりと一歩退く。

「じゅうようにんむ、さしいれもってきた、だよ」
「おお、いいタイミング！」

　しかしリオが抱えていた荷物袋から赤いチェックの包みを取り出すと、皆の不思議そうな表情が一斉に消えていく。

　念のために世界を渡る前に相談していた事柄。彼らが割りと直面しやすいだろう、食糧難の回避手段。
　お留守番組に時々お気に入りの店の食料を持ってきてもらおう作戦である。身も蓋もないが、生きる手段は大事なことだ。

「十七、十八……ひとまず危機は脱しましたね。食材探しは明日からでもいいでしょう」

　数を確認したゼルダが、少し安心した表情になる。
　それぞれ多少夜目が効くとはいえ、暗くなってからの探索はやはり危険だ。出来るかぎりは明るいうちに行いたい。

「あ、それと、みみよりなおはなしをきいた、だよ」

　ともあれ、リオによって目の前のご飯抜きという危機を脱した。
　だが、いつも以上ににこにこしている彼の言葉に、一部の人間は何故か嫌な予感を覚える。具体的にはゼルダとレコ。

「リオちゃん？　お話ってぇ……なぁにぃ？」
「というか、誰に何を？」

　彼がこういう笑顔を見せる時は、大体いつもあの時だ。そう、嫁のコーデルを前にしているときの……。

「ロザがね、こんどこっちでおまつりがあるっていってた、だよ」
「レコ、逃げますよ！」
「はぁい！！」

　冒険者の心得、危険を感じたらすぐ逃げろ。
　悪癖の予兆を感じたと同時に身を翻した二人を、丁度テントに入ってきたロザリアとコーデルが振り返って見送り……その後に追跡していったわんこに揃って納得の頷きをした。

「元気ねぇ」
「リオはいつでも元気ですよ」
「お前らなんか云っただろ。ていうかロザリア」

（誰が幽霊だー！！　という叫びと共に出現した存在に、女性は左右色違いの瞳を驚きに瞬いた）

（まじまじとその姿を見つめて、立派な元素系統の神……という名乗りに、成る程、という納得顔をしている様子）

（ふしゃー！　といわんばかりの様子の、一見少女の容姿の立派な元素系統の神……要するに、女神だろうか、その存在に小さく素直に頭を下げる。そして青年の方の服装諸所に視線を送って、改めて納得な顔）

（どう見ても興味津々。そこにふわふわと漂いながら浮遊していた少年妖精が口を挟む）

（超真顔でそんな事を口にして、ついでに小言を加える少年妖精。いやいや頭が凍ってたら重いじゃすまないだろう。だがそんな微妙に噛みあって無い言動はお互い何時ものことなのか、適当に聞き流しつつ、改めて２人の方に向き合う女性）

（まじまじと、ねこみみっぽい髪型を見つめつつ。その顔はどうも冗談の類ではない。本気で疑ってるというかそうだったら面白いというか。超　真　顔でやっぱり　ど　失　礼　な事を口走っている自覚はあるのかないのか——）