アンジニティ——世界の掟を破り、“否定”された者の流刑地。分割世界の掃き溜め。閉じられた地。本来なら、追放された者は二度と他の世界の土を踏めない筈の、隔離された世界。
　まさか、僕以外にあの世界から脱出できた人が居るとは思わなかった。それも二人、その上どちらもよく見知った顔だった。
　考えてみれば——いや、考えなくとも、当然の事だ。僕でさえ抜け出せる事ができたのだから、他に脱出できた人がいても何も不思議はない。

　鞄を開け、そっと人形を取り出した。持ち歩くうちに幾らか擦れて汚れてしまったものの、一度もほつれたり破れたりはしていない、今の僕の姿を模した人形。あの世界で、始めて他人から貰った、形の残る品。
　これをくれた彼もあの世界から抜け出せただろうか。せめて無事でいてくれればいいのだけど。世界の名前を訊いておけばよかったな。他にも、あの気楽そうな植物混じりや、喋る砂袋——はともかく、銃を持った気弱な鳥や——
　旅路を振り返るうち、できるだけ思い出さないようにしていた顔が過ぎり、思わず身震いをした。あの得体の知れない鴉女だけは閉じこめられたままでいて欲しい。もし仮に出てこられたとしても、この広い分割世界群の中で見つかる事は無いだろうと、そう考える事にしたはずだ。

　人形を鞄に戻すと、それを抱きかかえるようにして寝ころぶ。固い地面に仰向けに寝ると、どうにも尾が気になってしまって、いつからか俯せに寝るのが癖になっていた。
　目を閉じ、大きく息を吐いて、鞄に顎をうずめる。
　いつか、もしまた会う事があれば、どうしているのか訊いてみよう。参考にならないかもしれないけれど。

　
眉を下げて微笑み、スチュアートの前に跪く。
よかった、本当によかった、と繰り返して、何度も頷いた。