第二話　鍵

王城前に広がる城下町では、パラダイスの執政に対する不満から住民たちがデモ行進をしていた。
警戒に当たる兵士達とのにらみ合いが起こるのも必然で、何処も騒然としている。
事前に得た情報では、住民達の代表者は自分たちを一揆衆と名乗り、圧制への武力抵抗を開始したという。
アスタリスク教授が代表者グループから参加を呼びかけられ、一目散に馳せ参じた、というのが今回の旅行の建前である。
実際のところは、レポート作成やら現地での聞き込みやらは学生に任せて、物見遊山の野次馬精神で一揆を観察に来たのだ。
より正確にいうなれば、一揆をダシにしてかわいい女の子を見に来たのである。
そんな教授の企みは話を聞かされて３分で看破したスラントだったが、単位の為とあれば教授のお守りも現地調査も安いものである。
少なくともそれだけの価値のある名声を何故かこの教授は持っており、彼のゼミナールを卒業するということは社会的なステータスになるのだ。

何を言い出すのかこの人は。あっけにとられて思わず適当な返事をしたスラントは、慣れ親しんだ嫌な予感が頭にやってくるのを感じて眉をそばめた。

溜息一つ。
目をつぶって深呼吸。

問うスラントへと、アスタリスクが何かを投げて寄越した。
放物線を描いて手に収まったのは、銀製の小さなアクセサリーが付いた、ありきたりな鍵だった。
ほんの少し錆びた鍵が、鈍く陽光を反射する。

思わずぎゅっとこぶしを握り込む

気持ちを切り替え一呼吸。

アクセサリーは銀製で、表面に模様が描かれた球形をしている。
スラントが鍵のアクセサリーをしげしげと見る間に、アスタリスクは近くにあったオープンカフェの椅子に腰かけた。
手に持っていた革張りのケースを脇に置いて一息つく。
ふと、椅子を引く音に軽く後ろを振り向いたアスタリスクは、丁度椅子に座ったばかりの男と視線が交錯した。
アスタリスクが軽く目礼して挨拶をすると、汗ひとつかかずにスーツを着こなす男は、帽子の縁を掴んで柔和に会釈を返す。
フリフリのワンピースを着たウェイトレスが注文を取りに来れば、男は直ぐにコーヒーゼリーを注文した。

嫌そうな顔で注文を取るウェイトレスに、コーヒーゼリーを注文するアスタリスク。
その隣に鳴丸が腰かけ、続いて水を注文する。

嫌そうな顔で頷くウェイトレス。
表情の割には、意外にも直ぐに出てきたコーヒー牛乳に鳴丸は飛びついた。
幸せそうにがぶ飲みする鳴丸君。それを横目にコーヒーゼリーを受け取ったアスタリスクは、続いてスラントに視線を向ける。

くつろぎ出した二人は置いておいて、一人でくるくると鍵のアクセサリーを観察していたスラントは、突然手を止め一点を凝視した。
良く見ればアクセサリーの柄はこの往生周辺の地理と同じ形をしているのだ。

そして模様の一か所に黒い穴が開いていた。
最初はストラップを入れる場所かとも思ったのだが、貫通した穴では無いようだ。

言って鞄から文庫本を取り出すと、しおりを取ってじっくりと読みだす教授。
内容は大体想像出来たが、スラントはあえて突っ込まないことにして歩き出す。

追ってくる鳴る丸に軽く目をやると、その背後では教授がコーヒーゼリーを食べていた。
まずそうな表情でスプーンを戻したのを見て、スラントはちょっとだけ胸のすく思いだった。

なにやら呟きながら美少女がパフェを突っついていた。

そう言うと教授は平然と兵士を無視して歩き出した