「アンタも随分と焦っているな。まるでルリアンナ達のようだ。」

　一揆初日の冒険を終え、木陰で休んでいたオレに、エンブリオに擬態しているイシカリが話しかけてきた。
仲間達からも若干離れた距離なので、不審がられる事も無いと判断したのだろう。
その声に皮肉っぽいものが含まれているのは、今日の一揆の最中にオレが倒れたのを見ていたからだろうか？

「何を意味不明なことを。オレは焦っていないし、ルリアンナ達が焦っているだと？」

「ああ、第三者の視点からすればそう見えるな。
　まずアンタは初っ端から仲間達に通常より敵と多く当たる戦闘案を提案し、敢行した。」

「勝機は十分あると判断した上でだがな。
　一揆参加者の中には一人で山地に突っ込んだ奴も居ると聴くぜ？」

「確かに。中にはそういう者も居たかもしれないが、大多数の小隊は自分達と同数の敵に挑んだ筈だぞ？」

「…ふん、見解の相違だ。オレは別に焦っていた訳じゃない。
　それとも何か？ もっと慎重に行けと説教する気か？」

「いや、この一揆に関しては私はエンブリオ同然の身だ。
　実際に戦うアンタの意見に従うまでさ。今回も何とか結果オーライだったようだしな。」

「じゃあ、これ以上は文句を言うな。」

　ごろりと寝返りを打って夕日を眺める。
「焦っている」…か。オレ自身の判断はともあれ、ルリアンナ達の焦りに関してはオレ自身も感じていた事だった。
第三者には分らないこともある。その一方で、第三者の眼には客観性がある。

「一日で2000人を超える支援者とラルフのおっさんを戦わせてる訳だしな。確かに計画性は無さそうだ。」

「ま、冗談めかしては見せていたが、それだけ事情は随分と差し迫っているんだろうよ。
　そもそも、他の分割世界から大勢の人間を招く行為は、ハッキリ言えば悪手中の悪手。自爆手とも言える選択だ。
　王が如何にネクターを占有するという愚行をしたとしても、それを上回る愚行と言わざるを得ない。」

「…ふぅん？」

「アンタは根無し草の放浪冒険者だから、ピンと来ないのかもしれないがな。
　長い時間をかけて安定した世界に、異質な文化や空気、生命が雪崩れこむと言うのは極めて危険なことなんだ。」

「やけに突っかかるじゃないか。」

「家庭でもな、全く価値観が違う者同士の同居ってのが最悪なんだ。
　…いや、アンタにはこの例えは通じ難いか。
　そうだな、アンタと昔の仲間との関係を思い出してみると分り易いんじゃないかい？」

「…あ？」

「程ほどの結果を望む仲間達、アンタには気に食わないだろうが…
　彼らの中には安定した共通の価値観、認識が有った筈だ。
　其処にアンタという、向上的な結果を求める異分子が加わった。その結果は大破綻だったな？」

「……。」

「良い悪いではなく、全く違う価値観、認識は対立し易いものだ。
　きっとこの世界では今後、王を打破しようと大きな混乱が訪れるだろうよ。
　その混乱の芽は、我々他の分割世界からの来訪者達が撒くのだ。」

　そう言えば、以前"否定の世界"で脱出者を先導していた男も似たような事を危惧していたな。
ふと、オレはその事を思い出した。
あの男は"否定の世界"を脱出した後の事について何と言っていただろうか？

「…王はネクターの占有という悪手を打ったが、ルリアンナ達はそれ以上の悪手を。
　一揆側の人材不足は深刻という訳か？」

「…それは断言は出来ないな。
　ネクターというものが、この世界の住民にとって欠かさざるを得ないものなのは確かなようだ。
　毒にて毒を制する苦肉の策とも言える。」

「王側にも予測できない手段ではあったと言える訳だな。」

「前向きに考えると、そうとも言えるだろう。」

「…じゃあ、なるようになるんだろうよ。
　イシカリ、オマエさんの危惧は第三者の冷静な思考なんだろうが…
　当事者には当事者の考えがある。オレの判断のようにな。」

　オレのその言葉にイシカリは一瞬眼を丸くし、直後におかしそうに笑い出した。

「ハハハ、まったくだ。そう…アンタの言うとおりかもしれん。」

「兎に角、アイツらは貴重なネクターで大儲けしようだとか小賢しい思考はしていない。
　一揆の成功の為に全力を出しているんだろう。」

　ルリアンナ達から受け取った"ネクター"を掌で弄ぶ。
このネクターを喉から欲しがる者達も大勢居る筈だ。
その者達の要求を抑え、他の分割世界からの支援者にネクターを譲り渡した。
其処には是が非でも事を成そうとする執念があるのだろうと推測できる。

「ま、少しだけ一揆とやらの成功に興味が出てきたよ。」

　オレは槍に手をかけながらそう呟いた。

グレンの言葉に少女は困った様な微笑みを浮かべるばかりだった。

しかし———装備の話になると、ふと“それ”に目を落とした。

まるで今自分が何を持っているか、初めて気付いたかの様に。

少女の顔に初めて困惑が浮かんだ。

……が、それも長くは続かなかった。

グレンから新しい言葉がかけられたからだ。
少女は嬉しそうに、そして———

———そして、どこか安堵したように、そうグレンに答えた。