ローラスとビブリオバベルは、
その日一人の少女と、二人の青年に出会った。


少女の名は、クリシュナ。
艶と潤いのある、長く美しい黒髪をたたえた少女だ。

彼女の契約しているエンブリオは、水の精霊ウンディーネ。
姿を見せてもらうと、それは本当に胎児のような不思議な形をしていた。
流星眼で直接視覚するそれは、
藍晶石のように深みのある、青色の魔力をたたえている。

クリシュナは失踪した妹を探して、このメルンテーゼを訪れたそうだ。
妹のためにわざわざ世界間移動までして探しに来るとは、
なんて妹想いなのだろうと、ビブリオバベルは感動してしまった。
兄弟姉妹がおらず、両親からの愛情も
とりわけ深く感じたことがないビブリオバベルにとっては、
不謹慎だが、そこにある種の羨ましさを感じた。
肉親に対する、見返りを求めない、純粋な愛情。

一揆を共に戦う仲間であれば、そのような絆も芽生えるだろうか。
一抹の期待を抱きながら、ビブリオバベルは少女の横顔を見つめている。
クリシュナ自身もローラス達と同じく
一揆への積極的な参加理由は無いようだが、
新王へのやり方へは疑問を抱いているそうで、この戦いにしているらしい。
それを聞いたローラスはといえば、少し悲しそうな顔をして、
ビブリオバベルはといえば、共感を持てる相手がいたとはしゃいでいる。



青年の名は、一人目はフェルハト＝クトラ。
浅黒い肌と白い髪の、細身で長身の青年。
生まれつきの白髪か聞いてみたが、肩をすくめて「苦労人だから」とだけ言った。
とてもそうは見えないが、彼なりのユーモアなのかもしれない。

フェルハトが契約しているエンブリオは、風の精霊シルフ。
彼がクシュと呼び可愛がっているそれは鳥の姿をしていて、
彼によく懐いていた。
流星眼で視覚するクシュは、クリード石のように爽やかな、
薄紫色の魔力をその身に纏っている。

クシュは、フェルハトが身に着けているマフラーと
同じ色のリボンを首に巻いている。
それはフェルハトが巻いてあげたのだと聞いて、
ビブリオバベルは、フェルハトが信頼に足る相手であるように感じた。

フェルハトもクリシュナと同様、この世界の外から訪れたそうだ。
彼は商人で、この世界へは市場調査に来たらしい。
戦争と経済は密接に連関しているものだとローラスは言っていたが、
フェルハトはあくまで偶然立ち寄ったら一揆が起こったと話している。

彼がどの世界から訪れたのかは、今度尋ねてみようと思う。
また、そこに魔鉱床があるかどうかも重要な確認事項である。



そしてもう一人の青年は、ヴィクラム。
フェルハト以上に長身で、かなりガタイが良い。
赤毛を束ねて左肩に垂らしているが、
その濃い色は燃え上がる炎を連装させ、ローラスからは中々の不評である。

ヴィクラムが契約しているエンブリオは、ゴレム。
彼は、エンブリオとの契約を、
そのエンブリオをランプの中に封じ込めるという行為を伴って行う。
ランプの中に灯るエンブリオの灯りは、右眼で視ても左眼で視ても、
セラン石のように橙に近い、温かみのある砂色で輝いている。
眺めていると心が落ち着く、実に味のあるいい灯りだ。

契約方法を初めて聞いた時は、少しエンブリオが哀れだと思ったが、
それはあくまで契約なのだから、
エンブリオとて認めなければ甘んじてそれに応じないだろう。
いずれ彼がエンブリオと契約する場面を、直に目で見て確かめてみたい。

彼は私達の中で唯一のメルンテーゼ出身者だ。
土地勘に疎い者同士のみで移動するのは先行きが不安だったので、
彼が同行してくれるということで、この先の進行も安泰だろう。

ヴィクラムは、自身の仕事と故郷にとって
ネクターが必要不可欠であるため、新王の独占政策には困り果てていた。
彼は新王に話をつけるという理由で一揆に参戦したそうだ。
もっとも、過激に新王を亡き者にしようというのではなく、
あくまで交渉によって解決したいという意志は硬かった。
彼の話を聞き、ローラスは少し安心していたようだった。




各々ラルフとの力試しに合格した私達は、
合格した者同士でその場で誘い合わせ、
徒党を組んで先に進むことにした。
平原と水辺、森林、山岳へと道があったが、
話し合った結果、ひとまずは平原を進むこととなった。

平原は丘陵もなだらかで、
万が一新王の手の者に襲われても、見通しがよく、足場が安定している。
歩きやすいというのは、体力のないビブリオバベルにとってはありがたかった。
他の三人が彼女を思いやって
平原を選んでくれていることに彼女は気がついていないが、
誰かが足手まといになればそれは全員にとっての損失となる。
全員が冷静に合理的判断を下せる、それはいついかなる時も大きな価値をもつ。

感情的に新王への恨みを抱いているものも居ない仲間達に恵まれたことに、
ローラスは安堵を覚え、全員が一日も早く無事でこの諍いから解放されることを願っている。


さて、今日はヴィクラムの知人と戦いの鍛錬があるそうだ。
模擬戦としての鍛錬はいくら積んでもよいとローラスも考えている。
それは反復学習と同じで、戦いも頭でどうこう考えこむよりも、
身体が覚えてしまうことが一番の強化への近道だ。

ヴィクラムの知人ということはきっとメルンテーゼ民なのだろう。
こうして新たな出会いが広がるというのは喜ばしいことだ。
ビブリオバベルははじめての複数人数での戦いに無邪気にはしゃいでいる。
脳天気な彼女が他三人の足を引っ張り過ぎないことを、ローラスは祈った。

　
五人組は平原の真ん中に立ち、辺りを見回した。
平原といっても、そこは城門から城へと続く長い道のようで、
手入れの行き届いた広い庭であった。

矢継ぎ早に言葉を浴びせかけてくるビブリオに、最初は驚いたような、
困惑したような面持ちで耳を傾けていた赤髪の男はふと、彼女の発した
「この世界の外から」という言葉を聞いた途端あからさまに眉を潜めた。

次いで現れた喋る大樹の存在。初見でエンブリオかとも思えたが
その口ぶりから、同じく異世界から来た者だと判断し
肩のブローチを手で守るようにして距離を取った。

眼鏡の女性が駆け寄ってくると足を止めた。
彼女につぶさに上から下まで眺められるが、声をかけられるまで動向を見守る。
彼女が喋り終わると、今度は追いついてきた巨木に声をかけられた。
その慌ただしさからか、それとも普段からなのか、女は小さく笑ってみせた。

　　　　　　鞄をごそごそと探ると、小さな白い薔薇のようなものを取り出した。

　　　　　　と、言うが早いか、サッと仕舞い込んだ。

　　声が聞こえているのかいないのか緩慢な動作でチラリ、とそちらのほうを見る
　　しかしすぐにまた俯き、同じ姿勢のまましばらく動かない

　　そちらが喋り終わるのを待っているのか
　　話を聞く気も無いのかわからない…しかししばらくしてゆっくりと口を開いた。

　　喋る人面樹を見て、適当な皮肉を言い放つ
　　言葉使いこそどことなくフランクだが、表情は険しく、拒絶の意思が感じられる