メルンテーゼに来て少し経った。
　ラルフとか言うごつい人を張り倒した事で私は正式に「一揆」の参加メンバーとして認められたらしい。ネクターという、今回の事件のキーアイテムと言える花をいくつか預かった。
　そして今は、町の豆屋で知り合った人々とパーティーを組み、王城の広い広い前庭を進んでいる……のだけれど、ここの庭は呆れるほど広い。広過ぎる。
　もう少し進むと水辺があって、もっと行くと砂地があり、もっともっと先には森やら山やらが有るらしい。気が遠くなる。本当に城の中かここは。
（……先、長そうだなー）
　樹にもたれ掛かりながらため息を吐く。今は休憩中だ。先がどれだけ続くか全く分からないのだから、休み休み進むしかない。
　ぼんやりと、一緒に進んでいる面々を目で探す。
　イルマ。彼はメルンテーゼの住民で、この一行のメンバーを募ったひとだ。彼の周りにはいつも、薄い翅を生やした小さな光が飛び回っている。彼のエンブリオ……らしいんだけれど、どういう訳か、たまに小声でイルマが謝っているのが聞こえてくる。
　ガラちゃん。私達が集まった豆屋の看板娘で、いわゆる獣人と呼ばれる種族の子らしい。かなり幼くて、人間で言えば五、六歳ぐらいに見える。彼女もラルフに勝ったそうだけれど、何と言っても女の子だ。ちょっと気をつけてあげた方がいいかもしれない。
　ニーヨル。鳥の帽子が特徴的なひと。顔は布で隠してしまって目元しか見えないが、多分私より少し年上か同年代ぐらいだろう。……とはいえ、私と違ってとても落ち着いている感じがする。なにか、覚悟を決めているような。彼も私同様、他の世界から来たらしい。　
　私も含めて、多種多様な面々だ。こんな面白いメンバーと同行出来る機会なんて、他の世界でもそうそうなかった。

　そんな事をつらつら考えていると、ふと膝の上に重みを感じた。
　視線を落とすと、私の膝にカメリアが顎を乗せていた。大きな翡翠の瞳が、じっと私を見上げている。
　彼女（推定）の小さな額を撫でてやると、満足げに目を細めた。つるりと乾いた鱗の感触と、内側からにじみ出るような熱を指先に感じる。
　彼女の首周りを覆う炎には実体がないようで、触れても火傷はしない。少し、空気がぬるくなるぐらい。
　カメリアは私がこの世界に来て最初に知り合った存在だ。
　彼女は「サラマンダー」で、もっと大きなくくりで言い表すならば「エンブリオ」だった。

　この世界にはエンブリオという存在がいて、人々は彼らとの契約の末に得られる力を使って生活していた。エンブリオとの契約にはネクターが必要であり、最近メルンテーゼの王に即位した人物がメルンテーゼ中のネクターを独占したため、反発した住民達によって一揆が引き起こされたらしい。
　それはそうだ。この世界の人々にとってエンブリオと生活とは切っても切り離せない。ならばネクターが生命線となるのは自然なこと。それを独占するというのだから反発は当然だろう。それが予想できなかったというなら余程の馬鹿だ。流石にそんなレベルの馬鹿を世界の王に据えるとは思えないから「パラダイス」とかいうふざけた名前のそいつは、今回のような動乱が起こることは分かった上でやっているに違いない。
　問題はその目的が分からないことだ。そうまでしてネクターを集めて、一体何をしようというのだろう。
　人質みたいなものだろうか？　ネクターを返して欲しければと、無理難題をメルンテーゼの住民に押しつける気だろうか。それともそれだけの反発を買ってもなお、膨大な数のネクターを集める必要があったのだろうか。
　……もしや名前通りに楽園でも作る気じゃないだろうな、馬鹿馬鹿しい。

（まぁ、今あれこれ考えても仕方ないか）

　そう結論づけて、あくびを一つ。

（「パラダイス」が私の世界での「パラダイス」と同じ意味だとは限らないしねー……何にしろ、新王の目的やら何やらについては他の人にお任せした方がいいかなぁ。私がそこまで悩んでも意味ないだろうし）

　そもそも、私がこの世界に来た目的は一揆ではない。真面目に参加している人たちにはものすごく怒られるだろうけれど、一揆への参加は正直もののついでだ。
　私の目当てはメルンテーゼにやってくる増援、そしてメルンテーゼの人々そのものだった。
　現在この世界には、語り尽くせないほど沢山の分割世界から、それこそありとあらゆる種族、職業の人々が集まっている（私たち一行にしても、人種も職業もバラバラだし）。
　人が集まるところには情報も集まる。
　ここでなら、私にかけられた呪いを解く方法を見つけられるかもしれない。


　そう、私は、呪われている。


『あはははは、はは、ははははは！』

　私を呪ったあいつの、断末魔の哄笑が、まだ耳の底にへばりついている。

『ざまあみろ、これで貴様も、もはや一族同胞と会うことは叶うまい』

　それは私の命を蝕む事はない。
　私の周りの人々に危険が及ぶ事もない。
　ただ、それは。

『私の無念、貴様も存分に、味わうがいい！』

　その呪いは、私にとって（正確には私の『目的』にとって）ある意味、最悪の嫌がらせだった。
　噛みつかれた左胸が、じんわりと痛む。
　傷はもう治ったのにまだ、糸を引くように痛みが残っている。どうしても不快なそれを、私は目を閉じてやり過ごそうとする。
　少しして、不意に痛みが和らいだ。不思議に思って目を開ける。
　いつの間にかカメリアが私の胸元まで登ってきていて、痛む左胸に顎を乗せてじっとしていた。ゆるやかな熱に暖められて、少し楽になった気がする。

「……ん、ありがと」

　契約すると、こっちの思念もある程度エンブリオに伝わったりするんだろうか？　その辺りの仕組みが、私にはまだよく分からない。個人差もあるかもしれないし。
　とにかく楽になった事は確かなので、お礼のつもりでもう一度頭を撫でた。カメリアはほんの少し目を細めて、小さく喉を鳴らしていた。

慌てて戦闘体制に入る