とある世界の、とある遺跡──
　黒いスーツを着た男と、白い装束を着た少女が最深部で対峙していた。

「クックック……今回も私の勝ちなようですねッ！」

　黒いスーツを着た男は高らかに勝ち誇ると、足元に転がっている巨大なアルマジロ──エキュオスだろうか？──をつま先で軽く小突いた。
　刹那、巨大アルマジロが姿を消す。おそらく、エルタ・ブレイアに還したのだろう。

「さて、これで回収は終わりです。ついでにこの遺跡に収められていた宝物も貰っていくとしますかねッ！」

　男は壁際に歩を進めると、なにやら手探りで捜索をはじめた。
　やがて「ふむ……」と独りごちた後、石壁の一部を力強く押した。

「のわぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

　少女の足元に、穴が開いた。

「おっと、間違えました」

　悪びれることなく男は言うと、押し込んだ壁の一部を逆に引きずり出す。
　すると逆側の石壁が重い音をたててスライドし、カビ臭い空気と共に小部屋が姿を表した。
　その臭いから、長らく小部屋が開放されていなかったことが伺える。おそらく未盗掘のままなのだろう。

「わっ、わざと落としましたナ！？」

　穴の底から、少女の叫び声が響いた。

「まさか！　私がそのようなことをする人間に見えますか？」

　少女の視界にも入っていないのに、男は大仰な身振りで叫び声を否定した。

「見えるから言ってるのさね」
「酷い扱いですねッ！」
「ソレはいいですから、まずはココから出して欲しいのさね」
「出してあげてもいいですが、そもそも貴方飛べるじゃありませんか」
「……あ」

　少しの間の後、少女の身体が穴から空中へ静かに抜け出してきた。
　そのままフワリと地面へ降り立つ。

「すっかり忘れてたのさね」
「貴方、遺跡を探索する目的まで忘れてませんか？」
「わ、忘れてないのさねっ！」

　焦った風に言った後、少女はしばらく黙り込んだ後──

「……もうひとりのアタシと同じ世界へ行くコト？」
「その前に、その身体をどうにかすることではありませんでしたかなッ？」

　男が少女の身体を指さして突っ込む。

「あー、そうそう！　まずはソレでありますよ！」
「やっぱり忘れてたんですねッ！」

　男は呆れたように言うと、ポンと右の拳で左の手のひらを打った。
　いちいち、言動が大げさである。

「そういえばもうひとりの貴方、別の世界で見掛けましたよ？」
「……へ？」

　そんなはずはない、と少女は説明する。
　少女が言う『もうひとりのアタシ』は、少女自身が元の世界へ確かに送還したと。
　その世界は、黒スーツの男がおいそれと渡れる世界ではないはずだと。

「では、大方貴方が送還に失敗したんでしょうねッ！　そもそも貴方、その手の術式使えましたかな？」
「あの世界で召喚呪は修得したのさね」

　少女はそう反論した後、小声で「送還はぶっつけ本番でしたが」と付け加えた。
　男は「ならば失敗だったのでしょう」と肩をすくめて答えると、小部屋の中へと歩を進めた。
　4〜5人が入れば窮屈になりそうな部屋の奥に、握り拳ほどの大きさな丸い物体が安置されている。
　色は真鍮。鈍い輝きを放つそれを男は手にすると、指で軽く弾いた。
　薄いガラス同士をぶつけたような、甲高い音が小部屋にキーンと響く。その音からは、真鍮ではなくもっと軽い物質でできていることが想像された。

「これ、貴方にあげましょう」

　男はそう言うと、手にした丸い物体を無造作に少女へ放り投げた。

「うわっ！」

　慌てて少女はそれを両手で受け止める。
　ズシリとした重さはなく、想像したとおりとても軽い物体だった。おそらく、同程度の大きさの軽石程度だろうか。

「……いいのさね？　古代遺跡の宝物集めが、アナタの趣味なんでありましょう？」
「構いませんよ。同じようなものは持っていますし、それは今の貴方の方が必要なものでしょうしねッ！」

　そして男は語りはじめた。
　その球体は、在るべきものを在るべきところへ還す装置だと。
　ただし、媒介が必要となる。在るべきところへ還すためには、その場所を特定するための何かが必要になると。

「えっと……つまり？」
「ピー助が元の海に戻るためには、お友達のフタバスズキリュウが必要ということですねッ！」
「わかりづらっ！」

　すぐさま少女がツッコミを入れる。
　男は心外そうな顔をすると、改めて言い直した。

「では、表現を変えましょう。別の世界に行ってしまったもうひとりの貴方を元の世界に還すためには、元の世界を特定するための品物なり人物なりが必要ということです」
「えっと……つまり？」
「わからない人ですねッ！」

　今度は逆に男がツッコミを入れた。意外と馬が合うのかもしれない。

「つまり、こうですッ！」



　1. 元の世界から誰かを喚び寄せる
　2. どこかの世界からもうひとりの少女を喚び寄せる
　3. 揃って元の世界へ還す



「おぉ、ナゼだかわかりませんが頭の中に手順がっ！」
「なお、この装置は逆作動させることにより、還すだけでなく喚ぶことも可能ッ！」
「なんてご都合主義！」
「使用回数は3回までッ！　喚んで喚んで還して終了ッ！！」
「なんてご都合主義ーっ！！」

　そして男は付け加える。
　自分の元に喚び寄せるのは、自分自身を媒介とすればいいだけだと。
　つまり、喚び寄せたい物や人さえ特定できれば、装置を逆起動させるだけで問題ないのだ。

「だったら、もうひとりのアタシを喚ぶだけでよくありませんかナ？　彼女が身に付けちょるナニかを媒介に、元の世界へと還せばいいワケで」
「彼女がやって来たのがいつだと思っているのですか？　過酷なこの世界で、元の世界のものが残っている保証があると？」

　男曰く、装置の起動は3回までだが、成功でも失敗でも回数としてカウントされるらしい。
　つまり、喚んだ人物が元の世界のものを身に付けていなければ、送還は失敗。喚ぶと還すで2回使うのだから、残りは1回となってしまう。

「まずもうひとりのアタシを喚んで、元の世界のモノを持っちょるか聞いて……」
「素直に答えてくれればいいですけどねッ！」
「確かに……素直じゃないですからナ」

　答えてくれなければ、試してみるしかない。
　そして失敗すれば、元の世界へ還すことはかなり難しくなるのだ。

「それこそ彼女の思惑通りなのさねっ！　アタシとこの世界に残るコトも厭わないんですからっ！」
「ならばやはり先程の手順が確実でしょうッ！　あちらの世界から誰かを喚ぶのですッ！」

　元々この世界で生まれた少女が、別の世界の物を喚ぶのは難しいらしい。執着がないため、物を特定できないからだ。
　しかし人であれば、知ってさえいれば特定は難しくない。

「貴方は当初、彼女と記憶を共有していたはずです。彼女がいた世界の住人を特定することもできるのではありませんかッ？」
「確かに……」

　少女は考える。
　誰を喚ぶのが適切だろうか？

「マーヤかイッキちゃんなら確実に彼女を連れ還ってくれるでしょうが、アタシも貞操の危機が……爻きゅんを喚んだら舞にゃんに殺されますし、かといって舞にゃんじゃアテにならないですし……」

　喚んでも自分に身の危険が及ばず、かつ確実に連れ還ってくれる実行力──正義感と言ってもいい──を持った人物が必要だ。

「そんな人……あっ」

　いた。
　妙な性癖を持っていないため、貞操の危機もない。
　面倒くさがりなくせに正義感が強く、頼まれごとを断ることもできない。
　おまけに戦闘力もあるので、この世界でも生き抜くことができる。
　うってつけではないか。

「どうやら適任者がいたようですねッ！」

　男がニヤリと笑う。

「楽しそうですナ」
「もちろん！　混乱の種は、生きる上でのスパイスですよッ！」

　男はそう言うと、少女が持つ球体に右手をかざした。

「さぁ、想像しなさいッ！　この世界に喚ぶべき人物をッ！」

　球体が、淡い光を放つ。

「強く想いなさいッ！　次の瞬間には目の前に立っているその人物の姿をッ！」

　光の奔流が渦を巻く。
　もう目も開けていられない。
　その中で、少女は一心にひとりの人物を強く想った。
　魔化した拳で魔を祓う、闘う魔法使いを。

　次の瞬間、球体を中心に光が爆発した。

「さぁ、新たな冒険のはじまりですッ！！」



　　−◇−

フルートの音が聞こえる…