△2-T



　食事と睡眠を摂り、喋ることが出来る程度に回復した。人心地付くと、棚上げにしていた疑問がむくむくと頭をもたげてくる。とはいえ、『何故自分は生きているのか』などと言ったところで正気を疑われるだけだ。当面は現状の把握のみに目的を絞る必要があった。
　まずは介抱への感謝を述べ、自己紹介をし、自分を拾った経緯について尋ねる。ここは自分の居た世界とは違う分割世界であるようだが、幸いにしてそう遠い世界ではないらしく、習っていた広域言語がある程度通じるようだった。

　自分を助けた男はカメルと名乗り、普通の農地の普通の農家だ、と付け加えた。正直まったくそんな風には見えなかった。しかし、身体を起こすのがやっとの自分が見ている前で、彼は非常にてきぱきと畑作りをこなし、留守番を言いつけて近隣の農家の手伝いにまで出かける日常を送っていた。なのでさして間をおかず、彼の言は嘘などではなく、一人前の農家であり…そういう人間もいるのだということを、認めざるを得なかった。

　自分を拾った経緯については、これは掛け値なしに『山道に落ちていた』という一言が全てだった。そこに至る経路の手がかりが完全に潰えたことは悩ましかったが、それよりも何よりも、さしたる財産の香りもしない身元不明の行き倒れを、届けも出さず警戒もせず投げ出しもせず、ただ看ていてくれたというカメルの行動に驚いた。自分を拾ったのが彼だったのは、随分と幸運なことだった。



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　王に対抗する勢力でありながら、ネクターを配りながら多くの勇士に討伐を依頼する麦わらの女性ルリアンナの行動は、それこそ魔王討伐の勇者を募る王のようだった。
　何の訓練もなく膨れ上がった一揆は、当然ながら統制された集団ではありえなかった。幾ら大規模になったといっても、この王城に辿り着いたのは数千人に過ぎず、全く何の備えもなく突撃できる戦力ではなかった。
　当然、一揆の参謀役を務めていると嘯くルリアンナもその点の心配はしていたらしく、まずは小隊を組んで行動するようにとカメル達に告げた。露もその中に組み込まれていたが、カメルに不満はなかった。

　子供、それも女の世話となると、本来カメルの得手とする所ではない。どれだけ一揆が持続するか分からない以上、女性を含んだ小隊と行動を共にできるのであれば願ったりだった。

　合流した小隊でいの一番に挨拶してみせたのは、顔に大きな傷跡を抱えた女性だった。一見して武人であると分かったし、女性であるからといって家庭的であるなどといった先入観をカメルは持っていなかった。しかし彼女の携帯している食材の下拵は大雑把に見えて、その実決して繊細さを欠くものではなかったし、袋に纏めた調味料はその食材が彼女の用意したものであることを伺わせた。

　続いて元気な声を張ったのは、双剣を携えた白髮の少年だった。他の分割世界から訪れた救援者であるからだろうか、命を賭した戦に臨む前にしては少し緊張感を欠いているようにも見える——と考えかけて、カメルは苦笑してかぶりを振る。年端も行かない小娘を連れて加わった自分に、そんな考えを持つ資格があるものかと。思考を払った勢いで、考えを練るのはやめて、ただ言うべきことを紡ぐ。

　今度は間違えない、とカメルは己に誓う。ただ悪鬼を斬れば良い訳ではないことは、もう分かっていた。民に笑みを齎す為に断つべきが王なのか、他の何かなのか…それを見据える目だけは、曇らせてはならない。

　言うべきを終えて思索に沈むカメルの背後の露は、何かを逡巡しているようで、自己紹介すらできないまま、ただ視線を皆に向けていた。戦力にならぬ自分が、隊の一員として己を紹介していいのかすらも、迷っているのかも知れなかった。