前回間に合わなかった一度目の日記：http://ikki-radar.tumblr.com/post/55496005206/1


２
　
　（判読不能）の月、（判読不能）日　王城前にて。

「これだけ動ければ大丈夫だろう。心強い限りだ、よろしく頼む！」
　ラルフと名乗った大柄な男の力強い手のひらでどんと背中を叩かれ、こちらこそ、と返しながら剣を腰のホルダーにしまった。ふと息をついて辺りを見回す。
　人、人、人。どこを見ても人だ。いったいこの国のどこからこんなに集まってきたのかと思うほど、ここ王城前には人が溢れていた。小耳に挟んだ話だと、なんでも二千人以上がこの広場に集まっているのだという。
——二千人！
　 僕が今までで一度に見た人間の数はせいぜい二十人に達するかというところだったように思う。それの、ええと、十倍、百倍！想像もつかない世界だ。それと も、グリース領の外ではこういう場所も少なくはないのだろうか？
　お上りさん丸出しで辺りをきょろきょろと眺め回していると、ひとりの女性が近付いてきた。先程ルリアンナと名乗った、麦わら帽子の女性だ。数本の花を手にしている。

「これ、支給ぶんのネクターね」
「いっ、……いいんですか、貴重なものなのに」

　びくりと大げさに肩が跳ねてしまい、慌てて平静を取り繕う。麦わら帽子の下から覗くあどけない表情にどきりとしたのだ。
　若い女性。これもグリース領では見られないもののひとつだった。というか、世間一般で言うところの「若い」外見の人間は僕以外にはいなかったのだ。なので先程から若い女性とすれ違うたびにびくびくしてしまい、セバスチャンから突然大声で「童貞デモ真摯ニ生キテレバイイコトアリマスヨ！！」と励まされた瞬間に彼を全力で蹴り飛ばすというミスも犯してしまった。いきなり大声など出すものだから周りの視線を集めてしまい、羞恥心から咄嗟に足が出てしまったのだ。嘆かわしい。もっと精神力を鍛えねばならない。


　ともあれ、ネクターである。
「戦うには必要なもんだからね」
　ルリアンナと名乗る麦わら帽子の女性は、そう言って僕の手にネクターを押し付ける。薄ぼんやりと発光する花弁は瑞々しく、その花が摘み取られたばかりであることを想起させる。僕が持ち歩いている、すっかり乾燥してぱりぱりになってしまったそれとは全く違う。こんなに状態のいいネクターは久々であったのでまじまじと観察してから礼を言い、花を壊してしまわないようそっと手のひらに包んで受け取る。
　その後もルリアンナから、鉱石など物を作るときに役立ちそうなものをいくつか支給品として受け取った。次いこ次、とラルフを追い立てるルリアンナを見やれば、僕の後ろにいたセバスチャンに話しかけている。一緒にいても腕試しは別、という訳だろう。確かにそうだ。尤もセバスチャンは僕の護衛も兼ねているのだから、実力に関しては心配ないだろうけれど。


　後ろでラルフとセバスチャンが練習試合を始めたのを見て、その場から数歩離れる。いくつか張られていたテントの支柱に寄りかかり、ほうと息を吐いて手の中のネクターに視線を落とした。

　ネクター。命の花。新王が王位に就いてから、この美しく小さな花を求めてどれだけの血が流されたのだろう。
　この世界ではエンブリオとの契約によって命をつなぎとめるものも少なくないと言う。このちっぽけな花に救われる命があり、奪われる命がある。それはグリース領では薄い膜を隔てたようにどこか遠い場所での出来事だったが、こうして様々な人々が行き交う場所に来てみると、やはり現実のことなのだと思い知らされる。この場にひしめくたくさんの人間——人間以外もだが——は、みなネクターを王から奪い返そうとここを訪れているのだ。そしてまた自分も。

　ネクターを手に入れなければと、改めてそう思う。この花がなければ僕の視界は失われ、家は没落し、父上は（判読不能）、それどころか僕も（判読不能）。


　ネクターを手に入れなければならない。
　だが、家に戻れば（以下、ページが破り取られている）



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