————星屑の小川。

「気持ちの良いところだね」

川沿いを歩きながら、私はそう呟く。……私の中で休むシィルは、頭に直接響く声で『そうだな』とだけ答えてくれた。つれない。
……会話を諦めた私は、もう一度小川へと目を遣った。輝いてすら見える、綺麗な水。涼しげな風景。散歩をするにはいい場所だろうが、残念ながら今は攻城の最中。
のんびり足を浸して休むというわけにもいかないので、ただ心の静養程度にしかならない。ひたすらに森を進み続けるよりは、余程マシか。

『……貴様は随分とラクをしているだろうに』

シィルが容赦なく私の心を抉ってくる。仕方ないではないか、私は旅なれてすらいない一般人だ。バイクの上でダラダラとしていることくらい許してほしい。
ナビに操縦を丸投げし、前を行くヘイアンたちをゆっくりと追いかけてもらっているこの状況。ああ、非常に快適だ。出来れば座席をもう少し寝転がりやすくしてみたい。
周囲を見回せば、色々な人がいる。ただ足を進める人、なにやら叫ぶ人、辺りを観察しているかのような人……変な歌を歌っている人、ビラをばら撒きなにやら宣伝を行う人、闊歩する謎の生物……。
……この中では、我々はまだ普通な集まりだと言えるだろう。故に辺りを気にすることなく、バイクに身を任せることにした。


そうしながら思い返すのは、『腕試し』の後の話。ラルフさんは、私が易々と認められる程度に手を抜いてくれた。本当に動きを見るだけだったのだろう。……後に控える人が随分と多かった、という事情もあるのかもしれないが。
いくらか預かったネクター、これに関しては思うところはあるが、そこはどうでもよくて。この世界での通貨が貰えなかった事は、凄く痛いと思う。食糧は……まぁ、魚泳いでるし、しばらくは何とかなるかもしれないけど。それとも、簡単に手に入るアテでもあるのだろうか。
……いずれにせよ、この一揆が失敗した場合、エンブリオを生活の軸としているらしい彼らは滅びの危機に瀕する。楽観的に考えるのであれば、割とどうとでもなる筈だ。

「…………はあ」

ため息の理由は、同程度に悲観的視点の理由も存在すること。
……最悪なのは、王と住民がグル——いや、それはリスクが大きすぎるか。それでも、其処をカバーできるのであれば。
また、ネクターを集める際に余分な資金がなくなった説。使い捨てのコマという説。住民が余程のお花畑という説。想定外の数の増援で、本来予定していた資金の提供をすることが出来なかった説。
それとも、最低限の支援すらこの人数に対しては出来ないか……文明の発展度から考えると、1単位ですらそれなりの価値を持っていると考えられる。我々の求める支援も、彼らにとっては痛手なのかもしれない。
資材を供給してくれただけまだマシと考えるべきか。だとしても、この数のネクターを市場からかき集められる程度の母数がいるのであれば…………思考が、転落していく。



目を閉じて深呼吸し、頭を切り替えた。不安からか、どうにも楽観的に考えるということが出来ない。こういう時は、頭を回さないことにする。
何しろ、考えるための情報がないのだ。下手に頭を悩ませるより、いつものようにのほほんと昼寝でもしていた方が得というモノ。
困ったらその時はその時。……何とも危機感のない話だとは思うけれど。

「いい天気だね」

『……そうだな』

お昼ごはんは、焼き魚だろうか。塩くらい振ってあると嬉しいんだけど。
一行は、進む。

カウンターの奥で静かにグラスを拭いていた店主は、
今まさに戸棚に片付けようとしていたグラスを手に持ったまま、紫髪の少女の方を向いた。

顔に疑問符を浮かべて、店主はその言葉を反芻する。

　それが比喩でも何でもなく、事実を示していることは整備している少女には語るまでもないだろう。
　小さなフィアの掌の手から余る、５０口径を優に数える拳銃。その質量が持つ意味は、使い手の修練にも等しい。

　普通ではない『ヤツら』。それを語る男の眼光は、平時以上に鋭く、抑えきれない滾りを如実に表していた。

　突然の声。突然の姿。どこから現れたのかもわからない女がそこにいた。