リアンは小さな丘の上に登り、前を見据えた。
風が吹き上げリアンの髪を揺らす。
正面に見えるは森に守られた石造りの建築物。
見ようによっては森に飲まれた遺跡にも思えるが、あれが王城だろう。

視線をわずかに動かすと、王城からさほど離れていない場所に開けた平地があり、
テントが張られ数百人は下らない人々が動き回っている。
それを眺めている今もあちらこちらから人々が集まり、最終的にどれだけの数になるか見当もつかない。

どれだけの数の傭兵を集める気なのか。
そもそも敵は王なのだろう？　なぜ王城の目の前で傭兵を募るのだ。
王は城にはいないのだろうか。

一際強い風が吹き、周りの木々を揺らす。

リアンが歩き出そうとしたその時、またも強い風が吹き付ける。

言うや否や右手を差し出し、なにもない空間をつかむ。

悲鳴らしき声が聞こえる。
リアンの足元で慌てるように何度も右へ左へ駆け抜ける気配がする。
リアンは足元の気配へ向けて軽く蹴りを入れておとなしくさせる。
そして左手で眼鏡の位置を直し、右手につかんだ何かを見ようとする。

右手の周囲で風が渦巻いている。
じっくり見つめると、ちらちらと何かが見えそうになる。
が、はっきり見ることはできず、自身の右手さえ時々見えなくなる。

リアンは薄く笑うと右手を振り上げ、そのまま思い切りぶん回す。

再度右手を見る。
そこには小人がいた。
ぐったりしており、もはや視覚をごまかすこともできないようだ。
先ほどまでが嘘のようにはっきりと見える。
人差し指だけをゆっくりと広げると飛び出すように羽根らしきものが現れる。
空気が羽根の形をしている、といったほうが正確か。
そのせいかいまだに羽根だけははっきりと見ることはできない。
蜃気楼のように揺らいでいる。

リアンは問うた。

小人はまだ振り回されたダメージから回復していないらしく、顔も上げずに小さく答えた。
妖精というより精霊なのかもしれない。

どうやら名前になにかしらのプライドがあるらしい。
この問いには顔をあげ、睨むように答えた。

そろそろショコラは回復してきたようだ。
言葉がはっきりしてくる。

リアンの右手に捕らわれたままのショコラは、リアンの指を両手でばんばん叩きながら言う。

どうよ、とでも言いたげな顔。
シルフのテリトリーなど普通の人間にはわからないだろう、通りすがりの旅人くらい放っておけばいいのに。
リアンは一旦はそう思ったが、もしかしたら本能的な反射行動なのかもしれないと思い直した。
あるいはそうすべきこの世界なりの理由でもあるのか……。

リアンは盛大にため息をつく。こいつは馬鹿なのか。
ショコラはあーだのうーだの唸りながらリアンの周りを飛び回る。

それからリアンが問い詰めたところによると、どうやらこの世界はエンブリオという生物と人間が共存する世界らしい。
エンブリオはその力を認めた者と契約する。
名前を名乗るということはその契約の重要な一部らしい。
ショコラもそのエンブリオであり、うっかり名乗ってしまったせいで契約が半分成立してしまっているという。

なし崩し的に契約が成ってしまいそうでショコラは不満そうだ。
だが、どこか何かを期待してそうな……リアンはそう思えた。
ネクターか、たしか立札にそんな言葉があったような。

しばらくショコラはリアンを値踏みするように飛び回り、宣言した。

エンブリオがこの世界で大きな役割を果たすなら、エンブリオの一つも持っておくのは悪くない。
むしろエンブリオなしで戦いにのぞむなら大きなハンデとなったかもしれない。
ショコラに向かって頷くとリアンは歩き出した。
ショコラもついてくるが、時折ちらちらと後ろを振り返る。

テリトリーを侵す相手に過敏に反応したのはそういう理由もあったのか。
やってることはただのいたずらレベルだが。
テリトリーを守るには力がいる、そしてエンブリオ契約は契約相手に力を貸すだけではなく自身の力を高めるという意味もある。
今後新たなテリトリーを作る時、それは発揮されるだろう。
意外とショコラは馬鹿でもないのか。

なぜか恥ずかしそうに言うショコラ。

ショコラは、リアンの肩に腰かけ振り落とされないように片手で耳をつかむ。
鼻歌まで歌い始める。
ころころと変わるショコラの気分にしっくりこないものを感じつつリアンは歩を進めた。
集合場所はもうすぐそこだった