今日は色々な事がいっぺんに起こって疲れた。けれども同時に、ドキドキしているのも確かだ。

事の起こりは今日の朝。昨夜の遅くに来た勇者とかいう男に同行していた男の仲間（エルフ。連中の性別と年齢は見た目では解らないので不詳としておく）が、病に倒れた。
医者の話では単なる病気ではなく、恐らく魔術的な呪いか…あるいは体内の魔力循環等に影響しているのではないか…という考えだった。
エルフと言うものは病気には強いものの、魔術や魔法といったものに身体性能を依存している面も大きいので、こうしたちょっとした狂いが大病に——ひょっとしたら死に——繋がる事もある。

そこまでは医者も知識としてはあったのだろうが、魔法・魔術に詳しいわけではない。
とはいえそれは医者に限った話ではなく、そもそもこんな片田舎でそのような専門知識がある人間など、周囲の村々を含めてもいはしない。
——私を除けば、だが。

そういう話を、医者から聞いて私を呼びに行ったのだそうだ。
もっとも、その時は「とにかく急いでくれ！」としか言っていなかったので、事の真相を知ったのは帰り道だったのだけれど。

…ともかく、私の診察結果から言えばエルフの状態はかなりまずいことになっており、放っておけば死ぬのは明白だった。この状態を癒せる薬品となると、手持ちの品を調合するとしても足りない材料があった。
具体的には、魔物じみた人食い植物の根である。
それを聞くや否や一目散に飛び出して行こうとしたアイツを止めようとして、でも力ではまるで敵いそうもなくて、それで勢いで、私も行くとか何とか言ってしまった。

……実のところ、確かに私は小さい頃から魔術の勉強はしてきたし、それなりに優秀だったかもしれない。だが、私は実戦経験など一度もないし、戦闘に関する技術も素人に毛が生えた程度だ。
森は変質した獣や植物がうろつく危険地帯になってしまっていて、狩人すら近寄ろうとしなくなった。正直な所、生きて戻って来れる保証はどこにもない。
調子が悪くなったとか薬の調合に忙しいからとか色々と行かない為の言い訳は考えられたし、そうすべきだったのだろうが、切羽詰まった自称勇者の必死な眼差しや声、苦しんでいて今にも死にそうなエルフの顔を思い出してしまうと、どうしても見て見ぬフリができない。
結局私は、私は文句ひとつ言えずに自称勇者と共に森に入る羽目になった。

道中は無我夢中だったので何も覚えていない。
覚えてるのは、必死になってぎゃあぎゃあ叫びながら戦って、何とか森を出た瞬間に腰が抜けてしまった事だけだ。
その後すぐに調合をして、薬をエルフに飲ませた。あの様子なら、明日には回復するだろう。

宿の部屋は空いていないという事で、自称勇者は私の家に上げる事にした。
独り暮らしにしては我ながら不用心だとも思わないでもないが、道中で彼の人柄は何となく分かっていたし、事実、今もそわそわしながら「やはり女性が独り暮らしをしている所に男性がいるのは」とか「やはり野宿を」とか言っている辺り、全く問題無さそうだった。

彼等は大事な魔具を運んでいる最中で急いでいるらしく、エルフが回復したらすぐにでも旅立つつもりらしい。
大変な目にあったが、とても楽しかった…と思う。あんなに感情を動かしたのも、随分と久しぶりだった。今日は夕食の席だけでも1月分くらいは笑ったかもしれない。
まだまだ書きたい事は沢山あるが、私も疲れてきたので今日は此処で筆を置く事にする。
彼等が本当の「勇者一行」になれる事を祈り、私も眠るとしよう。

横を通り過ぎる、すれ違いざまに投げかける。
相手が振り向く振り向かないを関係なく、話を続けて。

…話しかけたことよりむしろ一番最後が一番重要に伝えたかったことのもよう。

彼女の口振りに対し、一番最初にそう言って身を包む外套に手を掛けた。
隠されたその懐、腰に通常のそれより少し短いが、確かに刀を佩いている。

何か知っていることがあれば聞かせて欲しい、と、そう続けてから彼女の名乗りに対して。

よろしく頼む、と、小手に包まれた掌で握手に応じた。

　エルフ、などと呼び慣れているわけはなく。
　少女がその呼びかけに気付かないのは、当然であって。

　高らかに続く言葉に、ようやくフィーグルの方を振り向いた。

　些か警戒した面持ちで、フィーグルを見ていたが、

　案外、友好的な態度に、目を丸めた。