「じゃあ、食事にしましょうか」
　紫の髪の、ボクより１つ上の女の子——アプレは、そう口にするとテキパキと食事の支度をはじめる。世界事情的に簡素なものになるのは仕方がないが、食べられるだけありがたい。食料が底をついたボクは贅沢を言える身分ではない。
　水色の長い髪を後ろで纏めた２つ上の女の子——ディアナが、それを手伝う。ボクも何かしようかと聞いたのだが、そもそも支度それ自体がそんなにやることがなかった。
「座って待っててください」
　と、ディアナに言われておとなしく待つことにした。父さんも母さんもあんまり帰ってこないから、家事全般こなせはするのだが、まぁ、やることが額面通りないのであれば仕方がない。メイド服を着た１つ下の女の子……にしか見えない男の子、クリスの隣に座って待つことにした。
　クイントが墜落してしばらくして、ボクはこの３人と行動を共にすることを決めていた。クリスと話でもしようかと思ったけれど、パッと話題が浮かばなかったのでぼーっと待つことにして……なんとなく、自身の行動を思い返していた。


…………。
……………………。


　クイントを亜空間に収納したあと、近くに小さな宿場町を発見したボクは、この惑星——と、ひとまず呼んでおく——の情報を集めてみた。
　惑星メルンテーゼ。神秘的な力を貸し与えるエンブリオ、それを独占しようとする王様。そして、反発して立ち向かう人達。

　小さな宿場町といったって、驚かされることがたくさんあった。まずは、思い描いていたよりも、ずっと技術力がある事。中でも一番驚かされたのは、竹で出来た拳銃だ。
　使い物になるのかと思ったけど、店のおじさんは実演販売用の的に撃ってくれたりして、それでも別に壊れはしなかったし、精度も威力も申し分なかった。エンブリオの力を借りて作製したのだろうか。
　おじさんには悪いけど、買いはしなかった。というか、お金がない。あるにはあるが、ドルは使えない。Power Stoneという、魔力の蓄積された石がこの世界の通貨だった。当然持っているわけはない。

　それと、異世界の人がボク以外にもいるらしいというのも驚いた。この惑星はそういう人間を引き寄せるパワースポット的な力があるのかもしれない。
　環境が特殊すぎる。正直、どうしたらいいか分からない。未開惑星なら未開惑星なりの対応を考えていたし、地球と同じくらいの技術力なら、やはりそれなりの対応にしようと思っていた。想定外だったが、技術力が高すぎれば、それはそれで対応の仕方を考えていただろう。けれど、エンブリオという存在が、ボクの思考すべてを台無しにしていた。



　ひとしきり情報を集め終え、クイントの墜落現場に戻ってみると、人だかりが出来ていた。みんな不思議そうな顔をして、何があったんだろうか、とざわついている。
「まぁ、そうだよな……」
　クイントを“引っ張り出そうと”思っていたが場所を変える必要があった。ここから見える小山でいいかと思った。あれなら２〜３時間もあれば着くだろう。


…………。
……………………。


「きっつ……」
　３時間歩くってのは尋常じゃなかった。そもそもボクの専門は機械工学であって、体育会系でもなんでもない。
　父さんに似たのか、割といい身体はしているらしく、陸上部の顧問をやっているボクのクラスの担任は、もったいないもったいない、と事あるごとに言っているくらいなんだけど……いかんせん、歩くことに慣れていない。
「ぜぇ……ぜぇ……」
　棒のようになった足を、それでもまだ無理矢理動かして、それなりに開けた場所を発見した。リモコンのスイッチを入れ、クイントを亜空間から引っ張り出す。
　騒ぎになる前に離れたが、真っ先にやっておくことがあったのだ。コックピットに入り込み、腰掛ける。やっと休める……と、休んでいる場合じゃないので、ふらふらのまま手はコンソールへ。プログラムを起動させる。機体の診断ツールだ。
　クイントが頑丈だといっても、次に時空間移動を行うと途中で分解する可能性もあるらしい。まずは修理が必要だった。意外にソフトウェアはほぼ問題なかったのは幸いだ。壊れてるか異常がある箇所は、ボクの腕でも直せるようなものばかりだ。
「……腕以前の問題はあるんだけど。どうするかな……」
　技術があっても資材がないのだ。緊急事態に備えて、いくつかの修理用の資材は積まれている。が、圧倒的に数が足りない。診断ツールで異常を告げられた箇所は２６にも及ぶのだ。それに燃料も足りない。
　資材を調達しようにもお金がなかった。
　モニターには、ほんのり茜色をした空が映る。
「…………いや、ちょっと待てよ」
　仮にお金があっても資材が調達できない可能性。この惑星の技術力の要——エンブリオ——は新しい王様が独占しようとしている。無理矢理奪われている地域だって当然あるはずだ。今この時間も資材を手に入れられる可能性が減っているだろう。
　ならどうするのか。その王様が倒されて、みんなのところに資材が、技術力が戻るのを待つのか。そんな余裕はない。積まれている食料は３日分しかなかった。働いてお金を貯める選択肢もあるにはあるが……ふと、選択肢が浮かんだ。
「…………」
　他の惑星の事情にボクが関わるべきではない。分かっていても、そうする選択肢が頭から消えてなくならない。