がつ、と最後の音を立て、鍬が沈む。
乾いた大地がゆっくりと浮き上がり、荒れた傾斜を砂粒が勢いよく転がっていく。
白く焼け剥げた表面は天地を返し、小さな土砂崩れとともに黒い土の中へと飲み込まれていった。

青年は握っていた鍬を立て、荒く削り取られた柄に己の体重を押し付けた。
ぬぐった汗は玉となり、そのまま彼のあごから黒い土へと滑り落ちていく。
ぽたりと叩かれた大地に、小さな薄い染みが出来たが、それもすぐに乾いて消えてしまった。

ミィス、という村がある。
メルンテーゼではどこででも見かけるような、何の変哲もない村だったが、
唯一、地理にだけは恵まれ、農村だというのに人の出入りは多い。

この村の畑に出ているのは何も住民だけではなかった。
罪を犯した者が刑罰のためにここへ送られ、労働を課せられるというのはこの村では日頃よく目にする光景であったし、
青年のように、旅の途中に村へ立ち寄り、日銭を稼ぐために畑へ出る者もまた、この村ではそう珍しい話ではなかった。

呼ばれて、青年は顔を上げる。
声の主を見つけて思わず破顔した。

村人は「おう」と短く相槌を返し、
ハーヌが耕したであろう、辺り一帯の黒い大地を見て呆れたように小さく息を吐いた。

言って、村人は口を開く。開くがそこから声が聞こえてくる事はなかった。
開いたまま少しの間硬直し、僅かに視線が横へと逸れる。
気まずそうに小さく唸りながら、村人は緩く頬を掻いた。

村人の喉が低く啼く。
一拍おいて、意を決したようにハーヌを見た。

*　　　　　*　　　　　*

許せないんです、と女は答えた。


狭く薄暗い部屋にその女はいた。
離れの民家のその更に一番奥の部屋に、隠すようにして匿われており、
それだけでも、ハーヌは事の事態が異常である事を悟った。
この平和な村には似つかわしくない、言うなれば


異質


二文字の言葉が脳裏をよぎる。
その言葉がそのまま形になったような、そんな場の空気を感じた。

異質がいる。
あってはならないものが。
本来この村には存在しないものが、ここにある。

窓は閉め切り、明かりも付けていないため、
昼間だというのに部屋の中はじっとりと闇に濡れていた。
濡れていると感じたのは、きっと窓を閉め切っているせいだけではないのだろう。
広いとは言えないその部屋には、女のすすり泣く声で満たされていた。

*　　　　　*　　　　　*

案内されるがままについて行くハーヌは
この先にいるという女の素性を聞いて己の耳を疑った。

聞き返されて、村人はおどけた様子で軽く頭を叩いて見せた。

ハーヌは唸る

溜息が出る。
長い、とても長い溜息だった。

*　　　　　*　　　　　*



空気のさらつく音が耳の中で木霊している。
ふわりと柔らかいものが頬を撫でたような気がした。
これは風か。もしくは匂いだろうか。この女の。

匂いにしてはあまりに淡泊で、気味が悪い程に「無臭」だった。
風にしては粘り気があり、気持ちが悪い程に「無風」だった。
そんな矛盾を抱えるような、異質な感覚を覚えた。

「王城へ」

女の顔が少しだけ浮き上がったような気がした。
流石に無音とまではいかなかったが、それでも静寂に近い沈黙がそこにあり、
先程まで聞こえていた筈の女のすすり泣きは、いつの間にか跡形もなく消えていた。

ハーヌの言葉が切れた後、一拍をおいてぽつりと小さな音が漏れた。

音は声となり、声は意思となってハーヌの元へと伝わる。

すぐさま返された言葉に、女は深く俯く。

女が笑う。

言って、ハーヌは手を差し出す。
丁度、背後の扉から引かれた光の帯を、手の平ですくい取るような形となった。
手の平が光を返し、きらきらと薄く光沢を放つ。

フルートの音が聞こえる…