弥千代はあまり聡い子ではありませんでした。
しかし、里の誰よりもヒトの世界に憧れていた子でした。


弥千代が六つのときに味わった、あのヒトたちの恐ろしさ。
あれだけ痛く怖い思いをしたのだ、きっとあの子もおとなしくなるだろうと、里の大人は思っていました。
それでも弥千代は憧れを完全に捨てることはできませんでした。



『あのヒトたちは違うものだったんだ』

『みんながあの絵のヒトのようではなかったんだ』

『あのヒトだけが特別だったんだ』


むしろ憧れは強くなり、それに心酔していたかもしれません。
一度“ハズレ”を見てしまった分、“当たり”を見てみたかったのかもしれません。



*



弥千代が、エンブリオである十夜と契約をしてまもなくの頃でしょうか。
おおばばさまのところへ足を運んではヒトが話している言葉を教えてもらっていました。
いつか出会うはずの、想いをよせるヒトと会話をしたいと、願っていたのです。

当然、里の大人たちはそれを快くは思ってはいませんでしたが、
火の消えたように落ち込んでいた弥千代が、またきらきらと笑い出したのを見れば誰も何も言うことはなかったのです。
おおばばさまのそばにいるうちは、山を降りることはないだろうと思っていたのかもしれません。

実際、弥千代は言いつけを守り、あれ以来山から出ることなく過ごしていました。
言葉を覚え切れていないまま出てもしょうがないと思っていたのでしょう。
たどたどしくも聞きとり話せるようになったのは、習い始めてから六年はかかっていました。


おおばばさまから、もう十分なものだと褒められ、当時の弥千代はそれはそれは浮かれていました。
きっと言いつけがなければまたすぐにでもヒトの里に走っていきそうなくらいには。
ようやっと覚えた言葉を、話してみたくて話してみたくて、しょうがなかったのです。




緇鬼の一族は本来ヒトと同じ言葉を使うことがありませんでした。
ヒトと共存することを望まなかったために、同じ言葉は不要だと思われていたのでしょうか。


弥千代が教わったそれは、昔、鬼がヒトと約束を交わした際覚えたものでした。
再び争いがおきないようにと、その頃は里では簡単なヒトの言葉もみんな覚え、話せていた時代があったそうです。

しかし、いつの時代にも好奇心旺盛な鬼はいるもので。
本当にその言葉が通じるのか、ヒトと話すことができるのか、試してみようとするものがいたようでした。
こっそりと出かけていく鬼ですが、当然毎回うまくいくはずもなく、
時折ヒトと小さな衝突を起こしてしまっていました。


小さないざこざ程度で済めばまだよかったのです。
小さな火種は必ずいつか火を熾してしまうものだと言うのは分かっていたはずでした。

ある時、案の定というべきでしょう、大きな争いになりかねないことが起こってしまいました。
やれ、この事態はさすがに拙いと思ったのでしょう。
鬼の子たちに、無闇やたらにヒトの言葉を教えるべきではないと、そう掟ができたのでした。

数人の大人だけが代々ヒトの言葉を受け継ぐようになり、
弥千代にとってヒトの言葉で話すことができるのはおおばばさまくらいでした。
習っているときとなんら代わり映えのしない行為がむず痒く感じていました。


それが危ういことなのだと、何度も何度も説かれていたのに。
それを理解するには弥千代はあまりにも、幼く、賢い子ではありませんでした。




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ねむいのです

これでてたらおわってないですねおちしてます
日記たんぶらのほうで補完します

　

　

とことこと、頭に虎耳を生やした妖怪が近づいてくる。
どうやら、あなたに興味があるようだ。

ぴこぴこと耳を動かしつつ、妖怪が喋る。

返事も聞かずに駆け出して行った子供の方を見て、一つ舌打ちをする。

呟いて、髪の毛をぐしゃりと触るが、感触だけで分かるものでもない。苛ついた様子でそのまま乱暴に頭を掻いた。

頭の角、足の爪、要領を得ない口ぶり...鬼の子だろうか。
上背の割りに稚拙で、場違いであったので、どうにも現実感が薄い。

子供とはいえ、人ならぬ者に油断は禁物か。

小道で、すれ違い様に立ち止まり、マジマジと顔を見た

（言うやいなや、いそいそと自分の鞄の中を漁り出した。
口を開けた途端に甘い香りが立ち、鞄の口から蜂蜜やジャムの入った様々な瓶が覗き見える）

（ナイトの駒のようなエンブリオは不恰好に付いた脚をアピールし、バランスを崩し転がった、
転がりながらも何かをアピールするようにガチャガチャと暴れている）

　　　　　　　言いつつ取り出したのは色とりどりの飴と干し肉。