城壁を後にし、不愉快極まりない暑さを感じ、白い一張羅を背負い直して見た景色は、

　—砂漠。


暑い。
暑いという言葉を使いたくない程度には参っていた。
どうにもこの暑さは“苦手”だ。
自分の中の何かが、そして携えた刀が、水分を欲して軋んだ音を上げているようにすら感じる。
そして、傍らには傭兵らしき異国の剣士と　“もう一つの苦手であるはずのもの”　も、己の前を先導するかのように歩いている。

不快にまみれた汗ばむ体とは裏腹に、心は非常に落ち着いていた。

未開の土地であるにもかかわらず、この場所はどこか懐かしさを感じているからであろうか。
それとも、誰かの足音を近くに感じることが、久方ぶりだからだろうか。








***







…王城前…

石造りの城壁前には、自分と同じ境遇者たちが、豪快な巨漢と、騒がしい女のコンビに腕試しらしき勝負を挑まれては何かを渡されていた。
彼らに殺意はなく、何か訓練じみた雰囲気、そしてそこに集う者たちの気配に、自然と心が躍っていた。

六尺七、八寸ありそうな大男や、寡黙だが首のあたりから豪快な言葉を発する不思議な男…
初めて見るであろう風貌と闘気にあてられて、その場に居らずにはいれなかった。

　品定めをするように腕組みをしながら城壁に寄りかかり、目を細めて各々の戦闘を嬉々として眺めていると、ふいに視点が一つの位置で止まる。





　明るい桃色の髪と碧色の修練着、小柄な体格。
純粋な人間ではないことだろうが伺える、頭部から生えた翠の角に、白く帯がさがっている。
気の強そうな、弓使いの女であった。

　

足を掴まれたような、脊髄を直接押さえつけられたような、眩暈と、動悸。
そして、右肩の古傷に切り裂くような痛みを感じ、思わず手で押さえた。

疼痛とその脈打つ鼓動と共に、ぼやけた脳裏に波のように打ち付けては引く
断片的な景色。





鋭く研がれ過ぎた刃物が、なお磨かんと欲した物語

男が歩む武人としての道。
かつて越えたいと願った高く険しい赤き山。
山道へ向かう途中、三俣に別れた峠、行きかう人々の中に垣間見た、親子。

その男の、こわばりざらついた指では、刀以外のものを掴みきれず、
柔らかくしなやかな頬を傷つけまいと撫でた後に見た、一人で歩む山道。

すれ違い間際に視線を合わせては消える、強者達と剣筋と、様々な人物。
振れども振れども、己の中に生まれた武の中の一部分が足りぬことに咆哮し続け、
拭い去るかのように、その柄へ何度も血を染み込ませた歳月。

そして、霧がかかって見えないが

確かにあった…帰りたい場所


……なんだこれは…

……あれは…

……いや、全く違う

……

………そうなのか？




















巨漢との戦いをあっさりこなしたその女に、声を掛けた。

女はちらりと一瞬視線をむけたが、まるで興味なく追い払うかのように人違いじゃないかしらと吐き捨てた後、
視線は手元に戻り、手に巻いた包帯を結び直していた。

二、三の簡素な挨拶を交わしただけの男からの唐突な申し出を勘ぐったのか、
それとも態度に腹をたてたのか、親の仇にでもであったかのような視線を向けられる。



今にも噛みつきそうなその姿は、
さながら手負いの獣が、生きる為に必死に牙を向き、爪を立て、
自身を大きく見せるために威嚇しているようにも見える。



いつかの景色に垣間見た、若く、鋭く、今にも折れそうな尖った男の姿もどこか重なってみえた。

ただし、こいつの腕だけは保証するぜ、と、左腰に下げた刀の柄をぽんと撫でて見せた。



成るべく、敵意も裏もなく振舞ったつもりだったが、やはり見知らぬ男からの提案には警戒して当然であろう。
いぶかしげな表情でこちらを睨む女に、周囲を少し見まわしてから肩をすくめながらさらに続ける。

ここが何処であるのかは、わからなかった。
だが、今はこの土地で歩みを進める目的が出来た。


己の帰りたい場所は、ここではないのだろう…


憧憬の中に見たあの、何処かのような。
いや、もっと違う場所であったような。


断片的な記憶の中で思い出しつつある、

欠けているはずだが確かにある

“景色”を感じた。












***




……気づけば自らの背後には、３列２組の足跡がゆるく蛇行しながら長々と連なっており、
そしてその長さと比例するがごとく、彼の暑さに対する苛立ちはそろそろ最高潮に達していた。




顎に伝わる汗を振り落すように、反動をつけて自らの刀を思い切り引き抜く。