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カミユ・ナダは、数えで１５になるまで霊峰トラメンストルの懐に抱かれて育った。
四方を険しい山の峰々に閉ざされ、閉ざされたゆえの独自の信仰を持ち、聖処女を讃える歌と祈り、そしてその象徴としてのネクターの花に彩られた、それでも限りなく質素で牧歌的な村、アルームの子どもとして。

しかしカミユは、アルームで産まれた子どもではない。
聖霊の降りた地とされるアルームは、閉じた土地ながら巡礼地としてその名を知られていた。
アルーム、光を意味する名を冠した、しかし壮麗な教会も美しいタペストリも何も無いこの村へ、それでも敬虔な巡礼者たちが厳しい山越えを経て訪れることが時折あった。
カミユはそんな巡礼者の一人に抱えられてきた赤子だった。アルームにたどり着いてほどなくして巡礼者は死に、そうしてカミユはアルームの子どもになった。

村人は皆で身寄りのないカミユを大事に育てた。
人々はみな穏やかで慎ましく、敬虔だった。


しかしその村人たちはもはや、どこにもいない。
巡礼者のふりをして訪れたよこしまな人々が、アルームに咲くネクターをすべて刈り取っていったその翌日から、奇病が村人達を襲ったために。

後に天使病と呼ばれるようになったその病は、静かに、急速に、布にしみ込む水のように村を侵蝕していった。
ある者は夜に寝床に入ったまま目を覚まさず、ある者は歌うように崖に身を投げた。
村人たちは皆、そろって同じ言葉を残していった。「天使を見た」。
そうしてひと月も経たぬうちに、アルームに残るは眠りから目覚めぬ人々のみとなった。

しかしカミユの眠りごとに朝は訪れ、崖へ飛ぶ気など毛頭起こらず、天使の姿を見ることも無かった。
そうしてカミユは、閉じた村の中でただ一人の生き残りになった。


それまでおよそ不幸というものを感じることなく、健やかに育ってきたカミユは途方に暮れた。
村に守られ、人々に慈しまれ、日々は平和で美しく、ともすればそれが永遠だと信じていた。

カミユはもはや自分が一人になったことを知った朝、
主を失った家畜や猫や鳩、あるいは風に揺れる草花のほかに動くもののない村を一巡りした。
そうしてやがて、僅かにネクターの残る崖、侵略を免れたその草の上に立ち、なんとなしにネクターの一輪を摘み取った。

その時、風が吹き、光が来て、言った。






「わたしと契約しなさい、カミユ。」









霊峰トラメンストル…
メルンテーゼの内陸部に聳える山。淡紅色の礫岩、のこぎりの刃の様なぎざぎざした峰々が特徴。
かつて聖霊が降り立ったとの伝記があり、近隣の人々の聖地とされている。
山地内にはアルームと呼ばれる小さな村がひとつ存在していたが、天使病と呼ばれる謎の奇病により、現在は無人の廃村となっている。
（http://cetus.s366.xrea.com/if/shu1_note/shu1_note_u.cgi?action=show_detail&bigcat=50&cat=14&mynum=211）

歩く道の先を眺めながら、煙草をふかしている。

呼びかけに肩越しに三白眼が振りむく。お前か。との言葉は相槌に紛れ略される。
息一つ分のあいだ、沈黙してカミユの言葉の続きを待つ。

出される名に、顔を横に向けて煙を吐きだす。
幾許か、記憶を手繰るような間があった。

零す身目は、ややも確認じみる。
カミユの後背──頭部後ろへと視線を投げて、一拍。

眉間に皺を刻んでぼやくように言って、煙交じりの息を吐く。

すれ違いざまに、赤い果実を放り投げ。

と、言いかけた言葉が途中で止まる。

　—　ペドロ達の合流、その暫く前の事　—

そう言って、一人で近くの林へ向かったリレッタであったが———

後方に遠ざかった林の方から悲鳴が聞こえてきた！

その声に急いで駆けつけると———

———鎧を身に纏ったリレッタが錯乱状態に陥っていた。
その足元には、血溜まりに沈んだ名も知らぬ冒険者の姿。

彼女がやったのか、それとも元よりそうであったのかは不明だが
今は彼女の暴走を止めなくてはならなそうだ……。

フルートの音が聞こえる…