メルンテーゼ。
この世界は元素の世界と呼ばれている。この世界の住人は、エンブリオという特殊な生命体と、ネクターと呼ばれる赤き花弁を触媒としてお互いを結び合い、共生してきた。住人の生活にとってエンブリオの能力と加護はなくてはならない存在であり、住人とエンブリオの繋がりは過去から延々と受け継がれてきた連なりの理であった。住人とエンブリオは、弧をなぞる二つの半円軌道の如く、組み合わさることによって世を保つ。そう、我らはこの世界の理の元素なのだ。









んなわきゃねぇだろ。
ただ、認めてていいのか、こんなことを。




気に入らない。

我らはこの世界の理に囚われて生きてきた。
守って、継いで、生きてきた。

違う。生きるしかなかった。

最初からこうやって、生きる方法しか選べなかったんじゃないのか。
そうするしかなかったんじゃないのか。


——花隠春蔵は、花と共に生きる忍の一人だった。花を慈しみ、花を選別し、千切り棄てて生きてきた。
春蔵はしのばない。もう、しのべなくなったから、花隠れの里を抜け出して抜け忍となった。

我らは生きる為にエンブリオが必要だ。世界での本当の立場、そして能力的優劣も、我ら住人はエンブリオの下に位置しているのではないか。奴らは何の為に力を貸すのか。ネクターだ。定期的にネクターを得る為に、奴らは、生きる力持たぬ我らに力を貸す。何故か？ネクターがそれだけ、エンブリオにとって必要性の強い物なのだろう。風の便りで、エンブリオが消えたことによって枯れてしまった土地があるという話を聴いた。土地の活力を担うそれだけの力を持ってしても、奴ら自身でネクターを自生させることが出来ないのはおかしくないか？自分達ではままならぬそれを得る為に我らは生かされているのか？それとも、やはり奴らもまた世界の決めた制約によって縛られているのか？

恐ろしいとは思わないのか。奴らが制約に縛られなくなった時、自らでネクターを得る手段を確立した時、それに気付いた時。“我らがもう特に要らなくなった時”。


我らは、今まで借りてきた力によって淘汰されてしまうのではないか。
…………我らこそ、世界とエンブリオの手の平で飼われているのではないか。
そう思うのは我らが人間だからか？ 力持たぬ者だからか？ 亜人でもなければ、魔物でもない、ただの人間だから怯えるのか？

この怯えを抱えて、この世界の今日を生きていく。


強い力を持つ者が気に入らない。

長い命が気に入らない。

新王の政治を起点にして、住人達に生み与えられ燃え広がる不満感によって、この世界は劇的に変化しようとしているのではないか。エンブリオか。“我ら”人間か。亜人か。外世界か。いずれか、もしくはあらゆる全てのあり方が変わろとしている。そんな予感めいた不安感。大勢が一丸となろうとしているこの瞬間、この状況だからこそ、全てが瓦解するような崩音の幻聴を、春蔵は頭蓋に感じて疑っていた。
生き延びねばならない。
その為に。まずは。

この進退繰り返す争いの中で、拠点を建てることにしよう。

春蔵はルリアンナから手に入れた材木から、家を建てることにした。
材料も、力量も、まだ、及ばなかった。