■Out of the frying pan into the fire...

——いきなり初日からはぐれてしまって、冷や汗をかく羽目になった、今回の旅の同行者であるアマティスタことシスとモモカの２人とも無事合流。

一息ついた所で、今度は別の意味で厄介な事が再び“沸いて出る”とは、夢にも思っていなかった——

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２人から再びはぐれない程度の位置で、相変わらずかなり多い人込みを見つめつつ、彼らが用事を済ませてくるのを待っていた折に。
それはあまりに唐突に起きた。

目前の空間に、突然光が走るようにしてラインと文字のようなものを描きながら、緻密な魔法陣のような形状を成してゆく。

それは自分も何度も目にした事があるモノ。

……故郷を含め、自身の出生諸所は数年来の付き合いになるアマティスタことシスにも語っていない。
語れない、が正しいが、自身は異界からやってきたというだけのは嘘偽りなく確かだ。
実の所、このメルンテーゼが初の異世界訪問というわけでもない。

異世界間同士の移動は基本的に移動用通路を経由して、“扉”と呼ばれる、異界へと通じ易くなっている場所を使う。
シスの故郷である島にもそういう場所があり、そこからこの世界へやってきた。
そういう形での移動が一番楽なのだ。

しかし何時でも何処でも安全な場所に“扉”があるわけでもなければ、常時開いているわけでないものも多い。
そういう場合に使うのが、目前の魔法陣——魔術によって異界へと通じる扉を開くもの。
それは特殊な術式な為、魔力結晶である特殊な“鍵”でもって行われる。

“コレ”が展開されているという事は、自身の故郷から誰かがやってくるという事だ。
島を出る前に故郷へ連絡を取って居たが、こんな話は聞いてない。


そして。

完成した魔法陣の光の中から出現したモノを目撃して。

シェリィは再び不覚にも一瞬完全にフリーズした。
文字通り、凍結。

悪い夢か、これは。
それともタチの悪い冗談か再び。


恐らくそんな感情がありありと表情に浮かんでいたのだろう。
すでに光は霧散し、そこに何かあったとは思えない場所に、佇んでいた存在の視線がこちらへと向けられる。

無表情に近い顔に、同じく感情の読めない右が青紫色・左が赤色のオッドアイの瞳。

淡々とした口調で紡がれる声音も容姿も中性的。
小柄で細身のその体を包む衣服は、自分のものとよく似ている一族の軽装備。
要所要所に、封印術具が付加されているのが見て取れる。

自分よりは随分低い位置にある淡い金色の髪を揺らしながら、その頭が小さくぺこりとお辞儀の形に下がって。
これはやはり夢でも幻でもなく、現実だと思い知る。

相変わらず黙っていれば端整な部類に入る容姿が台無しな仕草で頬を掻きながら、シェリィは確認する。

すっと一通の書状のようなものが差し出される。
それが何なのかは既に承知なので、受け取ってひらりとその白い紙を開いてみて。

そこに綴られた一族固有の文字で文面を読み取って、シェリィは震えながらそれを不敬と承知でぐしゃぁと乱暴に握りつぶしてしまった。

２人でさえ先日いきなり見失ってる始末なのに、それが３人に！？
しかも戦闘力諸所は兎も角、シスや桃香よりレシュの方が“数段厄介”だ。

頭を抱えて引き攣って怒るやら唸るやらのシェリィ。
そんな様子すら、やはり淡々と見つめているクレシュミエントことレシュ。

書状は自身の“上司”にあたる“古老”と呼ばれる自身の所属する一族の所謂偉いさんからのもの。
内容は端的に言えば


【異界・メルンテーゼへの長期滞在と延長希望の受理条件として、クレシュミエントを暫くその調査に同行させて、社会勉強と諸経験を積ませる事】


というものだった。


少し前にクレシュミエントことレシュは、自身が滞在していた仲間のシスの故郷へとやはり社会勉強に一時期寄越された事がある。

その折は、端的に言えば幾らリハビリ中でも長期休暇だけをやるわけにはいかないから、研修指導位はしなさいよ、的な話だったり。


プロフェシアという名の“古老”の１人は、特殊能力として“予知能力”を持つ。
よってこの人が行う行動には、大抵何らかの意味があるとされ、その折も寄越されたレシュを突っ返すわけにもいかずに、彼女が帰るまでの数ヶ月は長いような短いような、嵐の日々を過ごす羽目になっていた。

そんな嵐が再びこんな形で、この“一揆”の調査の旅へと旅立ってから日が浅いうちにやってくるとは夢にも思わず。

が、こういう条件では飲まざるを得ない。
まだ調査は始まったばかりで、ここへ長期滞在を望んだ“理由”になっているものを見つける前に戻る気もなく、同行者のシスやモモカを放り出して戻るわけにもいかないのだから。

用事を済ませてシェリィの元へ戻ってきたシス達。
あれどうしてここに居るのーとシスとは顔見知りであるレシュが声をかけられて、彼女が小さくお辞儀をしている光景を見つめながら。

今後の旅の先行きに、不安しか感じないシェリィだった——。

（何やら言いたい事がありそうだったが、少女はとりあえず無表情に近い感情の見えない顔のままで、小さく金色の頭をシス君と桃香ちゃんに向かって下げるのだった）

人ごみの中、近くからそんな驚きの言葉が聞こえたと思ったら、傍らから慌てた気配が発せられた。
それと同時に、慣れた存在が離れた事を察知する。

不審に思い、目を向けると。

ひょいひょいと青年周囲の空間に手を伸ばす、長身の女性剣士。
そこから必死に逃げている、今現在周辺の人間には見えない筈な少女。

そんな光景が飛び込んできて、青年は動きを止めてしまう。

そもそも神子である自分に接触してなければおそらく掴まれることはない、とか、
浮遊能力があるのだから手が届かないくらいに飛び上がればいいだろう、とか、あの顔は全く思いつかなさそうである。

それでも、声をあげないだけ冷静なのかも──

な、わけはないので、いい加減助けないといけない。
そう思って女性へ声をかけようとしたら、先んじてその口から危険な一言が発せられてしまった。

──まずい！！
青年は慌てて少女の手を引き、場を離れようとしたが……。

盛大なカミングアウトをかましながら“不可視化”を解いただろう少女に、全身の力が抜けてしまうのであった。

（(ノ・ω・)ノ＜猫正義！　しょっぱなから長文テロ反撃になりました。そんな埋葬ものな案件。こちらこそ、一揆でもまったり宜しくですー！）

ワハブは機嫌が悪かった。
偶然とはいえ、道行く青年が半分ほど余ったパンを投げ捨てる場面を目撃してしまったから。
その、食糧を粗末にする行為が許せなかったから。
思わず掴みかかったところを、見知らぬ人間に止められたから。
だからこそ、ますます機嫌が悪かった。

しかしそれでも、他人の話を聞く理性までも失ったわけではなく。

言いつつも、青年からは一歩距離をとる。
興味はそちらから、間に入ったシェリィのほうへ移ったようだ。

　
　少年は視線に足を止め、声を掛けてきた女性を一瞥すると、
　ひどく淡々とした、若干呆れたような口調で話し始めた。
　

　
　そこで言葉を切り、目を細めて女性の後方を見やった。
　いくつかの人影を、女性が探している相手だと認識したようだ。