気付けば見知らぬ土地にいた。
瞬間的な移動を行う魔法の実験。
今日こそは成功させようと気合いを入れて描いた魔法陣を、
意気揚々と起動させたところまではよかったのだが。
難解な部分を一フレーズ書き誤ったか。
魔力の蓄積が足りなかったか。
或いは、組み立てた論理が間違っていたのか。

考えを巡らせていても、自らが失態を演じたという事実と、
全く知らぬ土地へと移動してしまったという現状は変えられぬ。


まずは、此所が一体何所であるのか、
元居た自宅兼研究所に帰ることは出来るのかを調べなくては。
気候や生い茂る植物を見ると、自らが生活を営んでいた地とさほど違いはないように見える。
しかし、先ほどからずっと、どこか違和感を感じているのだ。
違和感の原因を探るため、魔術師を名乗る者として、まずは自分の能力を用いて辺りを把握する。

この地は自らが生まれ、暮らしてきた地とは雰囲気が異なる。
魔力の流れ、漂う精霊たち、木々のざわめき。
深い森に住んでいた種族としての本能と、学んできた魔術の知識のお陰で、
目に見えない類のものにも意識を向けられるのは有難い。
些細な違いではあるが、根本が異なるものだと理解出来た。
先ほどから感じている違和感の正体はこれだったというわけだ。

——俺は、異なる世界へと移動してしまったのだ。

となると、同じ魔法陣を作るための素材がこの世界にあるとは限らない。
すぐに帰れるというわけにはいかないな。

一息ついてから首を巡らせると、緑に囲まれるように聳える城らしき建物が見えた。
あれへ向かえば、この地に明るい者がいるだろう。
よくよく見ると、なにやら人々が集まっている様子が伺える。
ただ事ならぬ雰囲気が漂ってはいるが、致し方あるまい。


…
さて、もう一つの違和感の正体も判明した。
かつての世界で共に生き、常に付き従っていた使い魔がいるのだが。
この使い魔の魔力の色が変わっているのだ。
本来は治癒系の魔法を使う魔物だったはずだった。
しかし、今は何故か闇属性の力を感じる。
世界を移動してしまったのだから、魔力の属性に齟齬でも生じているのだろう。
こちらに居る間は仕方ない。
ピンクからダークに改名してやろうか、と言ったら丸い体で体当たりでもされそうなので止めておこう。
様々な「異質」に慣れねばなるまい。
どうせしばらくこの世界に留まらねばならないだろうから。




斯くして、クロム・トラバルトはメルンテーゼに降り立ったのであった。

クロムに話しかけてきた赤髪の青年は手に大きな弓を抱え、鳥のエンブリオを連れていた。