城門をくぐり、王城へと進む…



王城の敷地内へは、すんなりと入ることができた。
城門で ひと悶着あるかと思っていただけに、これには拍子抜けしてしまった。

王城前に集まった群集の姿を見て、王が自らの行いを省み、門を開いた…
と考えるのは、流石に甘すぎるだろうか？


門を抜けたとはいえ、王の待つ城は いまだはるかに遠く。
多くの同志達が、峰を目指して雑多に進軍してゆく。
私も、そのひとりとして、内郭へと続く長い道を歩む。

てくてく と前を進むエンブリオに、声をかける。
一揆に加わる途中、道すがらに契約したエンブリオ。

小柄な体躯にもかかわらず、その力は 屈強な大男…ラルフ相手にも引けを取らなかった。
彼のおかげで 私は力があると認められ、一揆に参加することができたのだ。


もっとも、腕試しのときのラルフ氏は かなり疲れていた様子だったから、
このエンブリオの本当の実力は、まだ釈然としていないところではあるのだけれども…

エンブリオの容姿は様々だが、その個性も、容姿同様に多彩。
自我のあるもの、ないもの。知性を持つもの、本能に従って行動するもの。

このエンブリオは、はっきりとした自我があり、知性もあるようだ。
しばらく付き合うことになるのだし、お互いのことをもっとよく知っておいた方がいい。


それに…　正直、話相手が欲しい。

内郭までは、まだまだ距離がある。
ずっと無言で、黙々と行軍するのでは、気が滅入ってしまう。


…なにより、これは一揆。この世界を統べる王に対する反乱。


参加したことに、戦いに加わったことに、不安や恐怖が無いといえば 嘘になる。
もし、一揆が失敗したら？　武力で鎮圧されてしまったら？　

いま ここにいる事を、一揆に加わったという選択を、後悔している訳ではないけれど…

叶うのなら、その不安を、弱気な心を、
喋っていることで紛らわしたかった。

振り向いてこちらを見上げたエンブリオに、自分の名を告げる。

えっと。その。
返事に困る。

戸惑いながらも、なんとかもう一度、自分の呼び名を告げる。

キッパリと言い切られた。このエンブリオ、私をセリィと呼んでくれる気はなさそうだ。

引きつった表情になっているであろう私の顔を、
エンブリオは 『どうしたの？　何が不満なの？』 といわんばかりに小首を傾げて覗き込んでいる。

これ以上は、押し問答や堂々巡りにしかならなさそうだ…
と、とりあえず！　この件は一旦保留にして、次の話題に移ろう！！

軽い気持ちで提案したつもりだった。

名前を持たないエンブリオに、名を授けることは普通に行われている。
私も、それに倣って名前をつけてあげようとしただけだった。


でも、このエンブリオはそれが気に入らなかったようだ。
いや、気に触ったどころの話じゃない。

身体を強張らせて全身の毛を逆立て、唸るようにこちらを見ている。
明らかに怒っている。敵意を向けているといってもいいほどだ。　


何がいけなかったのだろう…？


あまりの気迫に、思わず後ずさりをしてしまう。

すると、エンブリオはこちらの戸惑いを察したようだ。
いくぶん怒気を和らげて、つっけんどんに言葉を返す。

「『キツネ』と呼べ」とは言うけれど、それでは動物の狐と区別がつかない。
かといって、いつまでも『エンブリオ』では、モノを扱っているように思えてしまう。


できれば…'' 彼 ''とは、モノではなく、パートナーとして接したかった。
話す相手は、力を合わせる仲間は、
モノではなく、心通うパートナーとして。

思案に暮れ ふと辺りを見回すと、
周囲を歩く、精悍な戦士や怪しい風貌をした人々が目に入る。


そういえば…
こういった荒くれ者達の集まりでは、頼れる相棒のことをなんと呼んだだろうか…　


子供の頃読んでいた、任侠譚やギャングスターの物語を想い返す。

何故だか 「またか…」 みたいな表情になっている彼の背中を、ぽん。と叩く。










色彩豊かな庭園を、おだやかに太陽が照らしていた。

（これだけ多種多様の人種を見るのは興味深い……あまり遠くへは行かないように、現在の旅の連れに言い含められていたのでどちらかといえば人の流れを観察していたというのが正しい。
が、左右色違いの瞳が、ある一点、ある“人物”に注がれる。そこに居たのは——）

（淡々とした口調で呟いている少女。二足歩行で何やら買い物帰りなのか、器用に手でものまでつかんでいる狐さんとの距離を、すたすたと無造作に詰めると——事もあろうか、いきなりその尻尾を握り締めた。超　全　力で。華奢な容姿に反して　相当　痛　い。……恐らく夢幻か確かめようかとか、そういう発想なのだろうが……相変わらず表情の薄い顔から、その少女が何を考えているのかは読めないのだった——）