視力を持たずに生まれたアタシは、他人のちょっとした嘘がすぐにわかった。
呼吸音や心拍数が乱れるから、わかる人ならすぐにわかる。
アタシは嘘が嫌いだった。嘘は、相手を見下した行為だから。

嘘をつくということは、アタシに対して何か……上手く言えないけど、何かトゲトゲした感情を抱いている。
その感情が、アタシは大嫌いだった。

陰口というのもそう。
本人がいないことを良いことに、トゲトゲとした感情を振りまく行為。
アタシはそれも大嫌いだった。

アタシはそういった感情を取り除いてしまおうとした。
それは正義感から始まったのか、それとも自分の身を守ろうという防衛本能から始まったのか。
それはわからない。

最初は小さな活動から始まった。
皆で決めた筈のルールを守らない輩は、何処にだっていた。
そしてそこには、トゲトゲとした感情があった。
だからアタシは、不正を嫌った。

そして今、アタシは不正を見つけては、咎めている自分自身を眺めていた。
ああ、これは──

今アタシは夢を見ている、昔の夢を。
アタシ自身も忘れかけている過去の残滓を。

この夢は時折見る夢、それも人が悪夢と呼ぶ類のもの。
続きはいつも苦悶と憂い、苛みに満ちている。

つまり、まだまだ夢は始まったばかりということ。
アタシはそれが明晰夢だとわかっていても、期待を抑えられなかった。

だが、心地良い悪夢に浸ろうとしたその瞬間、夢に雑音（ノイズ）が混じり始める。
誰かがアタシを起こそうとしている。

そうだ、思い出した。
アタシは王──ルリアンナは魔王と呼んでいた──とやらの城へ向かって平原を歩いていたんだった。
あまりに陽気が心地良くて、少し眠ってしまっていたらしい。

付近は広い庭となっていて、ある人は色彩豊かな庭園と言っていた。
盲人のアタシに色はわからないから、全く興味はわかなかったけれど。

でもアタシはその分、その他の感覚に──特に音に──敏感だった。
目の前──目の前というには離れすぎていたけれど、アタシの知覚範囲の圏内──には、恐らく魔物の類。

アレがまどろんでいたアタシを起こしたのだろう。
多分、本人も起こしたという自覚は全くない。

アレがアタシの存在に気付くのに、まだ時間がかかるだろう。
アタシは鎌を構え、臨戦態勢に入る。
正直に言って、人語を解さないモノの調律は好みじゃない。
けれど、アレがアタシの邪魔をしてくれたのなら。
アタシに痛みを与えてくれるつもりなら。

アタシは少しばかりの期待を込め、相手が気付きやすいよう、わざと大げさに足音を立てて近づいた。