息を詰まらせ、跳ね起きた。一瞬、自分がどこに居るのか判らなくなった。
　窓から差し込む朝日が腰から下で波打つ白い小山と裾野をきらきらと輝かせ、素朴ながらも丁寧な造りの年季の入った木製の棚と机、次いで床の上に投げるように置かれた見覚えのある鞄が目に入った。
　そうだ。一揆に荷担する為にメルンテーゼの王城前で首謀者と会い、暫く待たされてから“腕試し”を行い、済んだ頃には日も暮れかけていたのと、その疲れを取る為に、多少奮発して近くで宿を取ったのだった。

　じっとりと湿ったシーツの間から引き出した両手を胸に重ね、いつも以上に速い鼓動を整えようと、数度深く息を繰り返した。
　ふと右手を挙げると、柔らかい毛に覆われた頬に触れた。そのまま鼻先へ向かって撫で上げる。鏡なんて見なくても解る。よく見慣れた鼠の頭。

　もう一度部屋を見回す。隅々まで清掃が行き届いた、清潔な一室だ。リスペイドやアンジニティで暮らしていたら、目にする事すら無かったような。
　そう考えると急に、ここに居てはいけない、という気持ちが沸き上がってきた。ここは僕には似合わない、ここに居ては僕が僕でなくなってしまう、こんな生活に慣れてはいけない、そうなってからまたあんな暮らしに戻るような事があったら、僕はどうなってしまうのか。
　そんな不安に突き動かされ、さっと身支度を整え、床の鞄を掴むと、逃げるように扉を開けて部屋から飛び出した。
　最後に一度だけ部屋を覗くと、くしゃくしゃのベッドシーツが見えた。自分が部屋に消えない汚れを擦り付けてしまった気がして、恐怖をうち消すように大きく音を立てて扉を閉じ、そろそろと階段を降りていった。