＜手紙喰らい＞は手紙を食べる生き物である。


　正確には、手紙の中に含まれている、様々な情報を食べている。
　元々住んでいた = 情報と堕落の世界 = においては、それらは基本二体のつがいで、または複数体のグループでもって＜手紙＞のやり取りを行い、日々の食事を賄っていた。
　己の作る情報は食することは出来ない事が前提としてあるが、電脳空間に近い世界であるために、大規模な郵送のシステムが整っている事も、この習性に大きく影響を与えている。


　イメージとしては交換日記や文通のような物で、それぞれの個体が日々の出来事や経験、獲得した知識等を＜手紙＞に認め、受け取った側はその情報を有難く「食」べる。
　読む訳ではないため、内容を正確に把握することは勿論出来ないが、お互いにそれは読む物ではなく食べ物として認識しているため、不満は無い。また、開封してしまった手紙は格段に味が落ちるため、大体が封を解かずにそのまま食べる。


　味や栄養は、認められた情報の量、希少さ、珍しさに比例する。
　最悪、「先ほど来た手紙を食べてしまったのですが、用件は何だったのでしょうか？」と言った定型文でも最低限の腹は満たせるが、一般的に＜手紙喰らい＞は美食家（？）でもあるので、大体はしっかりと日々の記録を、あるいは獲得した知識の披露を、気にいった相手への愛の囁きを、＜手紙＞に乗せるのであった。




　さて、ここに一通の＜手紙＞がある。


　＜手紙喰らい＞を召喚した召喚主が恐らく残したであろう、命令の詳細や契約の目的、これから何をするべきかなどが恐らく記されている契約書だ。
　外装も内部も魔力を帯びた古紙が使用され、丁寧にも魔法陣に似た紋様の封蝋によって閉じられている。また、使用されているインクそれ自体にも魔力を感じる上、紙にインク、封蝋のどれを取っても通常の触媒の域を超えている物であった。
　少なくとも、辺りに散らばっている魔法具や触媒とは、文字通り桁が違う。
　召喚儀式自体の杜撰さとはかけ離れた仕事振りに、本来であれば＜手紙喰らい＞は首を捻る必要があったかもしれない。別人の用意した物ではないか、と。
　しかし、＜手紙喰らい＞はそれどころではなかった。


　その＜手紙＞が、非常に美味しそうだったからだ。


　魔力の込められたインクに紙、特殊な封蝋などは補助的な物であり、＜手紙喰らい＞にとっては所謂スパイスとしての働きしかしない。しかし、それらのスパイスが素晴らしいという事は、必然として中に込められた情報の希少さ、中に記載された契約術式の緻密さ精密さを否が応でも表しており、その情報の素晴らしい香りが立ち上ってくるようである。


　——だが、当たり前だがそれを食べてしまえば、その術式は失われる。断片的な情報はもしかしたら得られるかもしれないが、精密な術式であればある程、一部でも欠損すれば成立しなくなるのは自明なことだ。
　召喚されたが具体的な契約文言が「イッキ」なる物への参加しか存在しない＜手紙喰らい＞にとって、それが失われることは許されない事である。ましてや「食べる」等と言う事は、契約対象としてもあり得ないといっても良いだろう。


　＜手紙喰らい＞は僅かたりとも逡巡しなかった。
　彼はゆっくりとした足取りで＜手紙＞の前まで歩を進め——



　——迷うことなく、目の前の＜手紙＞を喰らった。







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　果たして、その判断が紙一重（正に紙一重）で＜手紙喰らい＞を救ったのだが、それはまた別の話。＜手紙喰らい＞の知る由もない＜事実＞である。


　メルンテーゼ中央、夜の城門内の何処かの山の中を、＜魔女＞が歩いていた。
　年の頃は三十代前半であろうか、赤い髪を後ろで一つに束ね、ハイキング用の服装にトレッキングシューズ、登山用の杖を持った、快活そうな顔つきの女性である。険しい山道を、まるで鼻歌でも歌うように快適に、すいすいと登っている。


　その身に纏う、如何ともし難い程の不吉さを除けば、ちょっとプチ登山に来た山ガールと言っても良いであろうその＜魔女＞は、しかしぴたりと足を止め、北東の方角を凝視した。
　北東の方角、丁度＜手紙喰らい＞が召喚された儀式場のある、「風鳴りの丘」と呼ばれる地域がある方角である。


「・・・・オイ、オイオイオイオイ。マジか、マジですか。
　アレ破っちまうなんて、どンなバケモンがやって来たんだァ？
　俺様、片手間とはいえ、アレ結構マジメに作ったつもりなンだけど。」

　＜魔女＞は表情を獰猛な笑みに変化させつつ、一人言を呟く。
　およそ格好や顔つきとも、またその身に纏う不吉さともまるでそぐわない言葉遣いである。

「元の召喚儀式が超適当だったからって、手ェ抜いたつもりは無かったンだがなァ。
　まァ、楽しみが増えたか。どうせいずれ向こうから来てくれるんだろ。
　しかし、えェ？　無視する訳でもなく、正面から潰しに来たってンのが。。。」



　彼女はその後もブツブツと一人言を呟いていたが、考えても埒が明かないと思ったのか。
　ふいに表情を元に戻し、今度は本当に鼻歌を歌いながら、登山を再開したのだった。

いつのまにか、何かを咥えている。