私は、部屋から一歩外に出た。
部屋の外はまた異空間が続いている、なんて事はなくて。
何だか案外普通の廊下は、どこまでも続いているように見えた。

右、左、どちらに行こう。
その場に立ったまま私は首を捻る、が。

『＊＊。＊＊＊＊＊＊＊＊＊！』

こんなはやく、人に会うと思っていなかったから、抜けた声があがってちょっと恥ずかしい。
声はとても朗らかで、そして柔らかく。

多分、年は少し上だと思う。笑顔が、とても可愛らしい人。
ずっとこちらに語りかけているけれど、やっぱり全然何を言っているかわからない。

”ごめんなさい。この国の言葉、私、わからないんです。”

頭を下げながら私の世界の言葉で告げた一言に——、彼女がひどく驚いたように目を丸くして。
そしてこちらに一歩近づけばまた何かを言っている。

だから。
わからないんだってば。

困ったなー　というその気持ちは程なくして彼女にも伝わったのだろう。
ほどなく離れる……前に、なぜか、頭を撫でられた。
じゃ、また後で。そう言わんばかりの気軽さで、ひらひらと手を振りその女の人は去っていく。

全く、この建物の情報は得られなかったけれど。
少なくても私がここに不法侵入した、というわけではないらしい。彼女には、受け入れられている気はしたし。
そうなると空白の時間に何があったのかますますわからなくなって、きて——。




『＊＊＊＊＊＊！』

何か、次々と人がやってくるのは、どうして？
また別の声、今度は男の人のもの。
今度は一体どんな——……

『＊＊＊＊！＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊！』

全裸？！
あっ、違う、全裸じゃない、全裸じゃなくて、限りなく全裸っぽい服！
すごい体にぴったりだけど、う、うわ、世界がいくら違うとはいえ、ざ、斬新ー…！

『＊＊＊！＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊！』

腕を捕まえられる。有無を言わさぬ勢いで引っ張られる。
陽気、元気。そんな表現が合うその声は、多分怒っているものではないはずだけど。

この手を、振り払うべきなのか。どうなのか。
そう考えながらも、振り払えないでいるのは、私、優柔不断なのかもしれない。
目的地が一体何処なのかもわからず、ズルズルと私は引きずられる。

この建物は、どうやら私が思っているよりも随分と広く、そして複数の階層に分かれており、
大小、そして構造こそ違えど、様々な個室がある。
個室だけじゃなくて大きなキッチンや、団欒室に似たような広間とかも。

シェアハウス、……いや、それよりもっと規模が大きい。
あえていうなら、私の世界観でこの場所を当てはめるなら、寮、もしくはホテルという表現が一番しっくりくるような場所だった。

そして。
私が思っているよりずっと多くの人が、ここには存在していた。




何処か不機嫌そうにしている、民族衣装っぽい服を着てる男の人。

動物の耳を模した帽子を被っている、大きな瞳が可愛らしい女の子。

褐色の肌、尖った耳、目の隈がなくなればきっとすごい美人だろうなっていう女の子。

同じく尖った耳、けれど肌の色は白くて眼鏡をかけた細身の、青年。

爬虫類…多分、ドラゴンとか、そういうものに属するような灰色の毛並みの生き物。

私と背丈があんまり変わらない、けれど何だか目つきの悪い男の子と、そばにいる大きな大きな鳥。

今、私を引っ張っている、斬新を通り越して前衛的なファッションセンスの持ち主の男の人。

精密検査とか受けたほうがいいんじゃないかな、みたいな顔色してるのに煙草を吸ってるオジサン。

目が、ちょっと怖い色をしてた、多分お父さんぐらいの年齢のオジサン。

まるでテレビに出てくる、……ううん、違う、美術の本に出てきそうな綺麗な男の人。

先ほど出会った、優しい雰囲気の女性。



そして、私。



この人たちが、この建物にいるすべての人々のよう。
散々長い間引きずり回されて、それが、私の得ることができたもっとも大きな情報。
建物の内容、そして過ごしている人たちの様子から考えて、皆、ここに住んでいるんだと、思う。

そうなると、もしかして、…先ほど出てきた部屋は私にあてがわれた部屋で。
私は、此処に、住んでもいいと許されたって事？

でも、どうして。
私が覚えているのは、男の人に追いかけられて、逃げて、村みたいな場所から出てしまったところまで。
あの後、先ほど会った人のうちの誰かが助けてくれた？
助けて、気を失ってしまった私を、ここまで連れてきてくれた。
そう、考えるのが自然なのかな？
聞こうとしても、私を引きずって何処までも進む彼はきっと私の言葉を理解はしないだろうし、
私も彼らの使う言葉を、どう使えばいいかわからない。今は、まだ。



結局、複数の階層を回るうちに、何となく思ったことが一つ。
何となく、この男の人は、私をこの建物の中、案内してくれているのかな？って気がしてきた。
特に目的地らしい目的地もなくて、ぐるぐると建物の中を回るだけなものだから。

言葉の話せない私に、気をつかってくれている？

勝手に、そんな、都合の良い解釈。その考えの確証はないまま。
私たちは、とある箇所に到着する。
そこで目撃したものに、彼に引きずられるのを拒否するように、足が思わず止まってしまう。



そこは、他の場所より一段と天井が高く。
外から太陽の光を取り込んでいる場所があるのか、きらきらと輝いているようにも見える。
そして、その天井まで届く位置まで、壁一面に大きく描き刻まれた、絵。
所謂、壁画っていうもの。さすがに、こんな大きなものは初めて見る。

壁に描かれているのは、何処かの街。いや、国？　赤い国。
みんなが幸せそうに笑っていて、何不自由ない暮らしがそこに描かれている。
古代の都市。
これは、きっと理想郷。黄金郷。そういったお伽話が刻まれている、のかな。

『＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊、＊＊＊＊＊！＊＊＊！』

ぽかんと間抜けな顔をして見上げていた私の横。
壁画を指差して何か言ってくる青年。
多分、説明してくれているんだろうけど、でも、わからない。何も聞き取れない。
見た目に反して、戸惑う私の様子に目ざとく気づいたのか、賑わう都を指差したまま、たった一言、彼は言った。

『カダイエ！』
「カダイエ…？」

単語、一つ程度なら流石に聞き取ることが出来る。
念のため、確認を取るために繰り返せば、こくり。肯定の為の頷きを相手は返す。

赤い都の名前。カダイエ。
理想郷。
それが此処にある意味。

そんなものに想いをはせていれば、また、ぐい、と手が引っ張られる。
またすぐに歩き出すものの、この世界にきて、初めて知った言葉は、ぐるぐると私の頭の中を巡っていた。










そして。

私は、少しずつ、少しずつ、この場に住まう皆から、色んな事を教えてもらった。
言葉は通じないから、解釈は少し間違ってるかもしれないけれど。
でも、大まかなところは、きっと間違ってないと思う。

ここはマァムブという名の、巨大な…生き物の中だと言うこと。
私たちは、このマァムブと契約をかわす事で此処に住まわせてもらっているということ。
契約にはコインが必要で、私の持っていたコインの他に、皆それぞれ1枚ずつコインを持っていること。

他にもたくさん話してくれたんだけど、かろうじて理解できたのはこんなところ。
そして、ここから先は、皆の話を聞いた私の推測、になるのだけど。

これは、きっとカダイエを探す旅。
その為に性別も年齢も種族も違う11人は集まった。
最後の1人に、この世界に行き場も身寄りもない私を助けてくれた。

変な男の人から追われて逃げている最中に何らかの理由で気を失った私から、コインだけを奪っていくことだってきっとできた。
でも、助けてくれた。
男の人から守ってくれた。気を失っていた私をこのマァムブまで連れてきてくれた。
仲間の1人として迎え入れてくれた。

色んなことを教えてくれた。





だったら。
私は、この優しい人たちの中で。少しでも。できるかぎり。役に、立たなくちゃ。
私にできる、せいいっぱいの、かたちで。

樹里とリレッタの胸を凝視

街から外れた野外のどこか。ごくありふれたの旅人装束を纏った黒髪の青年が近付いてきた。

青年は貴女に対して言い放つかのように話しかける。

人の流れを見て立ち止まっていると少女が不意に近づいてきた。
しかし、男は意を介さない。
気にしていない。

気にしていなかった男の気を止めたのは少女の言霊であった。
単純に言えば、男の知識欲に軽く引っかかった。
どうにも上手く見積もれない新天地での仕事支度の最中にいい遊び相手という認識がされる。

そう頭を下げる少女を見つつ思考すると、少女の肩を叩き顔を上げさせる。
言葉と共に腕を動かす。
声色と表情、後は手や体を使った動作で割りと意思疎通を図る。

手を降ったり親指を立てたりとなんとなくそれっぽそうな動きをしてみる。
こういうのは、手探りで仕方がないと割り切るしかない。

そう呟くと自分を指し示すように胸に手を当てて

そう、自己紹介のようなモノが出来ないかと先ずは模索する。

小袖から取り出した、甘い香りのする飴玉を渡そうとしながら

マァムブ内のとあるフロア。
この場所にいるのは樹里とクリストファー。
たまたまこの二人だけ。

沈黙。

続く沈黙。

長い沈黙に耐え切れなくなったのか口を開く。

暫し考えた後、懐から取り出した小さな光る石を樹里へとやわらかく投げる。

反応を窺いつつ、左手を差し出す。
その手にパワーストーンが返されたならば、代わりに赤い果実が渡されるだろう。

変色した手を取りだし、もう片手があるべきはずの袖から黒い触手を蠢かせながら、言う。

触手をべろ、と舐めあげる。

チェックシャツにジーンズ、少し古臭い格好に、薄汚れた白衣を羽織った女性がキョロキョロと辺りを見回していて…
学生服の少女の姿をみると少し嬉しそうに駆けよってくる。

顔が歪むほどの黒ぶち眼鏡の奥からまじまじと見つめながら話しかけてくる。

ひさりぶりの知り合いを見つけたかのように馴れ馴れしく…だが、少女には全然わからない言葉で…

どこかお祭り感が漂う平原にて見掛けた1人の少女。
彼女の服装は周りのそれとは一線を画することができるものであり、男2人の目にも留まりやすいものだった。
その上戦闘は不得意そう、とくれば…何故この場にいるのか、という疑問と興味を抱くには充分であり。
黒の礼服を纏った青年はまるで吸い寄せられるかのようにその少女へと近付いていった。

青年は微笑を浮かべて話し掛ける、が。
相手の反応が来る前に、青年の連れと思われる少年が顔を出した。
少年は白一色と言わんばかりのどこか弱々しい姿をしており、少々息が弾んでいる。

少年はどうやら少女の身を案じているらしい。

なぜか少し上機嫌

　—　ペドロ達の合流、その暫く前の事　—

そう言って、一人で近くの林へ向かったリレッタであったが———

後方に遠ざかった林の方から悲鳴が聞こえてきた！

その声に急いで駆けつけると———

———鎧を身に纏ったリレッタが錯乱状態に陥っていた。
その足元には、血溜まりに沈んだ名も知らぬ冒険者の姿。

彼女がやったのか、それとも元よりそうであったのかは不明だが
今は彼女の暴走を止めなくてはならなそうだ……。

と、言いかけた言葉が途中で止まる。