「……『呼び声』を聞いて、この世界に来たのはいいんだけど、ほら、僕って、見た目通り、こんな躯(からだ)だろ？ 一緒に戦ってくれる、仲間が欲しいんだ。出来れば、腕っ節の強い人がいいな」
　城の中。
　少年は、翡翠色の眼をした青年に声を掛けた。城門を潜る前、一度肩を打(ぶ)つけた青年だ。
　呪術師は、一度見た人間の顔を忘れない。その精度は最早、病的と言っても良い。
　彼は、凡そ今まで彼が関わって来た全ての人間の顔を覚えている。その声を、その視線を、その指先の挙措を覚えている。彼の記憶力は卓越している。呪術師は、一度見たものを『忘れる事が出来ない』。
　齢十五を迎えて幾らかの月日が流れた時、彼はそれを『生まれながらに与えられた呪い』なのだと思い定めた。言い換えるなら、『才能』と言ってもいい。

　呪術師の声に、青年は足を止めた。
　視線、翡翠色。首の後ろで束ねた長い青髪。涼しげな風貌の男だった。
　『人並み程度』には、戦える。自分もこの辺りに来たのは初めてで、勝手が解らない。仲間を探しているのなら歓迎する。そんなような言葉を、青年は答えた。
「それは、良かった。やっぱり、用心棒が居ると、心強いからね」
「用心棒、な。得意だよ。……その『呼び声』ってのは、分からないけどな」
「……そうだな、『呼び声』、或いは、『救援』、それとも『檄』、言い方は色々あるけれど……何、言葉にしてしまえば、簡単な事さ。……『助けて』と言われたら、『助けてあげる』ものだろう？ 僕は、肉体労働以外なら、得意だからさ」
「相変わらず分からない事はあるけど……確かに、声を掛けられたら応えるのが『当然』だな。さながら今の状況だ」
　青年は、自分には肉体労働しか出来ないから理論理屈が出来る奴は有り難いと言った。上手く役割分担できそうで何よりだとも、好奇めいた笑みを返しながら言った。

「……それじゃぁ、よろしくね？ 僕の名前は、ソルト。『呪術師』の、『ソルト＝エルト＝タクト＝アルトセルト』。まずは、それを『一つ目』に覚えてくれると、嬉しいかな？　……君が『呪い』を求めるのなら、何時でも力になるよ」
「ああ、よろしく。ソルト、な。呪いはもうさんざん受けて雁字搦めだから遠慮しておく、反抗すれば面倒だとも分かりきってるしな。俺は、ディアリアドだ。ディアリアド・ウェリア。面倒だからルドとでも呼んでくれ、単なる流れの『探索者』だ」
「……なら、『ルド』？」
　迷い無く、少年は青年の『名前』を呼んだ。まるで、舌に馴染んだ言葉のように、何度も呼んだ事のある友の名のように、ガレーナ色の瞳を、少しも逸らさないまま。
「……『二つ目』のお願いを、早速してもいいかな？ 『三つ目』と『七つ目』も一緒になるかも知れない。森の中に、知り合いが居るんだ。この間、『薬』を買ったから、その代金を払いに行かなきゃいけない。道中の、護衛を、頼みたい。最近、『この辺りは物騒だからね』？」

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「嗚呼、此処だ此処だ」
　少年の足取りは、森の中だろうと、町の中を歩く速さと変わらなかった。それこそ、野営に向いているとはとても言えないような軽装をひらりと靡かせて、少年は森が開けた場所へ建てられた小屋へと辿り着く。
「……僕としては『縁』が繋がればそれで良かったんだけどね。運が良かった。彼女、中々いい腕をしているよ。それは、僕が保障する」
　傍らの青年に、声を掛ける事も、十数度目。
　魔女に『名前』を置いて去って行った呪術師は、次の日には、ふらりと森の中へと戻って来た。

「……やぁ。お代を返しに来たよ。ただ、昨日あの後、近くの村に寄って、とりあえず工面してきたお金だから、そこらの街で使える貨幣じゃないかも知れないけど、それでもいいかな？」

　昨日来た時には居なかった、翡翠色の眼をした護衛を連れて。片手に歪な形の銀貨を摘み上げて。
　古い友人にでも掛けるような声で、少年はその指先を、小さく揺らした。
　『森の魔女』は、庭で薪割りをしていた。「まあ」と小さく声を上げて、呪術師の名前を呼ぶ。
　そして、青色の髪の青年を見て、「お友達ですか？」と首を傾げた。
「……お友達……」
　ふと、問い掛けられた少年は、隣に並んだ青年の顔を見上げた。数度、灰色の瞳が、瞬く。
「……ねぇ、「ルド』？　僕達、『お友達』って事で、いいかな？」
「良いんじゃないか、別に、それでまずい事も無いだろ？　『依頼人』と『雇われ』ってだけじゃ、なんか無機質だし」
　青年の返事は、軽いものだった。首を傾げた少年から視線を外し、森の魔女へと向き直る。
「はじめまして。こっちの、ソルトの用心棒のディアリアドだ」
「ディアリアドさん、ですね。ご丁寧にご紹介にあずかりまして辺鄙な場所にも関わらずお越しいただきまして。……ソルトさんにもまだ名乗ってませんでしたよね。クローシェと申します。ソルトさんとは……何でしょう？」
　友達でいいんでしょうか、と女は小首を傾げた。『娘』と呼ぶ程幼くは無いが、その言動は『少女』と形容しても違和感が無い。特に、屈託の無い笑顔が、彼女の少女らしさを引き立てている。呪術師は、真似るように小首を同じ方向に傾けて、薄っぺらい微笑みを返す。
「……うん、それじゃぁ、宜しくね、『クローシェ』？……なら、クローシェも、僕と『友達』になってくれる？」
「……ああ、呼びづらければどうぞクロ、と。私で、よければ喜んで。初めての言葉です」
「……なら、『クロ』？ 君の作る薬は、よく効いたよ。『ありがとう』。……ねぇ、『クロ』？ 君も、一揆に参加するのかい？」

　この世界にやってきてから、呪術師は、ものの数日で『友達』を二人得た。
　呪術師は、『友達』の名前を簡単に呼びながら、その片方の家に招かれる。
　身の上話を少しばかり。
　彼女の淹れたハーブティーの香りがする、鉢植えや乾燥花だらけの小屋の中。
　この小屋に住む薬師は、周辺の住民から『クオリアの魔女』と呼ばれている。
　その事を話題に出すと、彼女は、引き籠って薬を作って暮らしていたら何やら大層な二つ名がついてしまったと、照れるように笑った。

「……で、ええと……ソルトさん達も、一揆に参加されるんですか？」
「うん、僕もこの世界に来て間も無いけれど、『呪い』くらいは人より優ってる自信があるからね。役に立てる事も、あるかも知れないし、それに……」
　少年は、紅茶の入ったマグカップを、一度テーブルの上に置き、言葉を続ける。

「……『助けを求められたら、助けるのが当たり前だろう』？」

　まるで、誰かの言葉をそのまま借りて居るかのような、口調だった。
「……ねぇ、『クロ』？ 良かったら、僕達と一緒に来ないかい？ 僕はルドに守ってもらえるけど、ルドの怪我は、僕じゃ治せないんだ。君の腕を、貸して欲しい」
「……私が、ですか？」
　少しだけ、彼女は視線を宙へ彷徨わせた。
　最初に、視線は天井へ。そこからに提げられた乾燥花に。最後に、青年と少年の、並んだ顔へ。
　次いで返されたのは、ふわりとした、微笑み。
「……分かりました。一揆へ参加するのは私も同じですし、お役にたてるのであれば」
「仲間は多い方が良いしな。改めてよろしく、クローシェ。名のある魔女が一緒なら、心強い」
「……決まりだね。クロも、ルドも、改めて、宜しく」
　城を出てから、ものの数時間で、呪術師は旅の仲間を二人得た。それは『友達』だと言い換えても良い。
　差し出されたハーブティーの残りを飲みながら、彼はふわりと言葉を続ける。

「……それじゃ、まずは、歓迎会がてら、ピクニックにでも行こうか？」

　少年の声は、ゆっくりと、部屋の中に転がる。

ふふ、と嬉しげに笑いながら歩く。

エンジョイする気満々である。

少年は、薄っぺらい微笑みを、顔に貼り付けたまま

手招くように、片手を掲げた。