「で、言い訳はあるかえの？　まあ聞いたれへんけど」
「ひどいわー横暴やー、我々は断固抗議するでーー！
　エエ買い物やったやんー、なんでそんなエラそうに見下ろすねんー」
　目の前に来るなり正座させられ、心なしかいつもよりも萎れた様子の雇い主——というよりも監視対象がぶーぶーと不平を言うのを、上から見下ろす……ために、屋内で輿に乗っておく。
　別に下から睨んでもいいのだが、こういうのは雰囲気とかノリとか様式美とかそういったものが大事だ。
「買ったものが問題やー言うてるんちゃうやろ。問題はその金額やの」
「可愛い娘さんの身柄が無事やったんや、むしろ安いくらいやって褒めてくれてもエエんやで！」
　正座させられた状態のままにむん、と胸を張るサクロに、手に持った閉じた扇子で額をぺしん、と軽く叩く。
「は、無い胸張っても虚しいだけや思わへんか」
「セクハラや！　そないな胸の財布にゃ言われたない！」
「こないな年の女（おなご）でも無いのんと張り合うてどないやの」
　ぺしんぺしん、といつでももう一回叩けますよという意思表示がわりに掌に扇子を打ち付けて良い音を響かせると、僅かに赤くなった額を抑えて不服そうに無言で口を尖らせる。いい歳した大人がやる仕草ではないが、そこのあたりはこちらも何も言えないので黙っておこう。
　そこは置いといて、改めてずれ始めた話題を軌道修正する。
「ていうか、もうユーグのに言われた後やろし、分かってるのんやと思てたんやけど。
　こっちの【店】はただで奉仕活動してるんとちゃうんやで？」
　言いながら、サクロが持ち帰ってきた問題の品物の一部を目線の高さまで持ち上げた。
　それは上等な品物ではあるが、既に原型を留めておらず、元の価値は失われている。
　複雑で精緻な模様を描いていたであろうそれら——総額500万の皿の破片たちに、深い深い溜息が溢れた。



　そもそもの始まりは、転移の際に毎度のごとく（世界間移動に手を借りた相手によるささやかなサクロへの嫌がらせである）一人はぐれていたサクロがフラフラと何に引き寄せられたのか市場に向かい、トラブルに出くわしたことにある。
　それ自体はひとりの少女が売り物の商品を通りすがりに割ってしまった、などというありきたりなものだったのだが、少女の見目が普通の『人間』とは少しだけ違うのが災いしたのか、弁償する金がないなら少女の『異形』を売り飛ばすか、などと野卑た言葉で少女に手を伸ばしてきたらしい。
　そんな行いを黙って見逃すようならば、かの組織の一員ではない。だからそれに手を出したこと自体は問題でない。
　普段は揉め事に首を突っ込んでは真面目な顔で引っ掻き回してから笑ってトンズラするようなサクロだが、財布——すなわち自分がいる、ということで丸投げ気分だったのだろう、問題を「金」で解決するという姿勢を取った。
　それも別に構わない。そもそも自分が【花屋敷】に金を出すのは金銭絡みの話が滞りなく進むように、という意味合いもある。
　ならば、何が問題なのかというと。

「言うたやないか、金があれば、回避できる争いもあると！
　ほな、娘さん達に身売りでもせェっちゅーんかー！」
　力強く拳を突き上げ、断固抗議や！　と息巻く相手に半眼になりながら、
「それは文句言わん。けどな、確実にボッタクリやその値段！！　せめてもぅちょい値切れ！！」
　と、大問題を力強く主張させて頂いた。
「皿の値段なんてようわからん！」
「威張んな。確かにええもんやけど、そこまでの値ぇ違う。
　そもそも言うたらそないな値のもん表で売ってるんが悪ぃねん。危機管理出来てへん阿呆商人に儲けさせるとか、冗談ちゃうわー」
　こう見えても曲がりなりにも一国一城の主、そのあたりはしっかりさせておきたいという気持ちを、この相手は「はよ終われへんかなー」と顔に書いたまま唇を尖らせて不服そうな顔で一切分かってくれない。
「基本は膝の上に石やんなー……よさそうな漬物石でもなかったかぇね」
「ここはお白洲か！　お代官様ご無体なー！」
「回らせへんで、却下。逃げんなやー」
「あ、あのっ！」
　んー、と視線を上にあげ、この新しい仮住まいの調度品に何があったか、と思考を辿って拷問道具に最適な何かを探していると、躊躇いがちな響きを滲ませた声が横から掛けられた。
「えっと、サクロさん？　は悪くないですっ。私を助けてくれて、それで、」
「お嬢様の言う事は事実です。……助けて頂いたことに関しては、感謝、しています」
「んっと、そのへんちゃんと見てなかったんだけど、二人を助けてくれた、んだよね！　アリガトっ」
　どうやら説教中にユーグに案内されていた少女たちがこちらに帰ってきたようだ。
　これでこの説教地獄から逃れられる、と顔を輝かせるサクロは忌々しいが、しかし確かに流石に当事者である少女たちの前で説教をするのは憚られる。
　どう言ったとしても己のせい、という結論になるだろうことは想像に硬い。それはこちらの本意ではないのだ。
　やれやれと肩を落とし、視線だけで説教終了を伝えるととたんに明るい表情で少女たちにありがとーありがとーと絡みに行こうとするサクロの、正座して痺れているであろう足のふくらはぎに手の内の扇子で容赦なく一撃を入れて声もなく悶えさせておいて、にっこり、と少女たちに向き直る。
　おろおろ、と不安そうに、でもちゃんと話さなきゃ、とこちらを真っ直ぐ見てぐっと拳を握っている角付きの少女と、そんな彼女を心配そうに気にかけながら、まだ懐いていない犬のように警戒を薄く身に纏っている耳付きの少女、そしてその状況が分かっているのかいないのか、ぱちぱち、と大きな瞳を忙しなく瞬かせて角付きの少女とこちらを見比べる人型の少女の三人。
　どの子も素直で可愛らしくて、まあ、確かにサクロが「いい仕事しました！」と胸を張るだけのことはある。
「いやいや、君たちの力になれたならコレも多少は人の役にたてて本望だと思うよ」
　目配せで配下に彼女たち用の座布団を用意させつつ、安心させるようににっこり、と笑ってみせた。
　……角付きの少女——ルクリちゃんと人型の少女——トーカちゃんが安心したように笑みを浮かべたのとは一転、耳付きの少女——カレンちゃんは何故か警戒が強くなったように身がまえて表情を引き締める。解せぬ。
　……胡散臭い、と時折言われることがあるのは、……まあ認めるけども。

「ともかく、ようこそ、花屋敷へ。
　行き場がないというのなら、ここは、君たちの家になるよ」



→次回に続く、かどうかは未定！（死）