（てちてちてちてち）

(てちてちてちて……ちててててて)

(てちてちてちて……ちててててて　ばさばさ　ばさっ）

暴虐の限りを尽くす王の住まうといわれる城——それを知ってもなお、その庭園は美しかった。
手入れの行き届いたそこを、他愛のない話でもって歩んでゆく。
とはいえ、人の足とアヒルの足では、どうしてもリーチが違う。
彼が歩調を合わせてくれているというのに、先を歩く少女は少し距離が詰まると途端に小走りになり、距離を開ける。
走るたびにおしりがピコピコと揺れ、時にはばさりと羽根を広げてバランスを取って。
その足取りは、ゆらり、まるで靄が水面を滑るような彼の歩調と比べていかにも不恰好だった。

てちてちてちてち、先導する少女の髪と足元の草、それから彼の髪をくすぐるように、風が吹きぬけていった。

地上から、何かが声を張り上げている。
地上を見下ろすと、なにか黄色い物体がこちらに向かって声をかけているらしい。
人……かどうか見分けるにはあまりにも黄色すぎるが、幸いにも届く言語は理解できた。

彼女に合わせて声を張り上げて対応してみたが、このままではお互い声が枯れるのは時間の問題。
懐から長い糸をつないだ紙コップを取り出すと、それを地上に向かっておろしていく。
糸電話の使い方を知っていれば、これからは少ない労力で会話ができるだろう。

　手の中の本から顔を上げる。ヤドランカの側へ向き直り、これはこれは、と会釈した。
　

　
本の表紙が閉じられ、そのままヤドランカへ差し出された。
背表紙のラベルには、銀箔で「Vos quadi」と刻まれている。
ユベールの手の内で重たげに見えていた本はしかし、ヤドランカの手へ渡った瞬間には真綿のように軽く感じられるはずだ。

ページを開くと、その中身は当人が忠告したとおり、文章らしきものは一切書かれていない。
銀 argent だとか軍隊 armée だとか技芸 art だとかいった単語が、二段組の中に細やかな文字で整然と並んでいる。
語句にはそれぞれ、凡例なしにはおよそ意味の知れない数字や記号の羅列が付されていて、この青い本が何らかの索引か目録——少なくとも別の書物に附随すべきものであることを容易に想起させた。
　

視線を落とした先、覚えのある顔を見つけて足を止める。
同じようにラルフと一戦交えた、半身がアヒルの、女の子だ。
目立つその姿に好奇心を隠さぬ目を向けつつ、頷きを返し。

店を指さそうとした矢先、彼女の「食いしん坊」の言葉に瞬き。
少しおいて、ぶは、と軽く吹き出して笑った。

（男が右手を軽く振ると、それは見る間に異形のものへと変わっていく。
　前腕の半ばから歪に大きくなったその先、黒く鋭い爪がぎらりと光った）

呼びかけに応えるように、エンブリオがくるくると舞う。

少女の持つ羽根ペンに留まると、エンブリオの姿は溶け、ペン先に色が宿った。