「なんでアンタって戦ってるとき何も言わないの？」

　トラウィスがルリアンナに渡された冊子を見ていると、フェアリーが言った。

「言うって、何をさ」

　冊子から目を離さず答える。読んでいる項には『エンブリオと契約しよう！』の見出し、そして概略。
　フェアリーはお喋りが好きだ。
　契約した当初はこの世界のこと、情勢、仕組み、その他諸々がフェアリーの口から語られた。
　あの花の蜜が美味い、あの家の飼い犬はいけすかないといった脱線も多かったが、トラウィスが自分の状況を理解するには充分だった。

「決めセリフに決まってるでしょ！」

　フェアリーが全長10cmほどしかない体を冊子と顔の間に滑り込ませる。

「そんなの必要ないだろ」
「はあー？　アンタ、ガキのくせに冷めてるわね」

　トラウィスは5歳の妹のことを思い出していた。
　家で本を読んでいると、構ってほしくて本を持つ腕の間から頭を潜り込ませてくる曲者だ。
　フェアリーほど生意気ではなかったが。

「熱くなったところで矢が当たるわけじゃない」

　呆れながらフェアリーごと冊子を閉じる。
　トラウィスたちは平原へ向かう途中、馬のイツラを休めるために川沿いで休憩しているところだった。

「ぎゃーっ！　エンブリオいじめ反対！」

　挟まれたフェアリーが喚きながらもがく。冊子が破れそうになったところで放した。

「まったく、子供って残虐で恐ろしいわ。それで決めセリフだけどね」
「その話はまだ続くのか」
「あったり前でしょ、重要なことなんだから。必殺技を使う時は『遊びは終わりだ！』とか『黒だよ、真っ黒！』とか『月を見るたび思い出せ』とか言わなきゃダメなの！」
「イツラ、そろそろ行こう」
「話聞いてよー！」

　フェアリーは身振り手振りを交えて説明するが、トラウィスはそれを無視して鞍に跨った。

「ねえねえ、イツラもそう思うでしょ？　決めセリフあるほうが良いって」

　言われたイツラはぶるると鼻息を吐く。

「ほら、あったほうが格好良いって！」
「言ってない。そもそも、弓を引いている時は雑念を払うものだ」
「強情なやつね。それならせめて名乗り口上ぐらい言いなさいよ」
「今から戦うって相手を前に、悠長に喋っていてどうする」
「まあまあ、私が考えてあげるから。こういうのはどう？　『月も朧に白魚の篝も霞む春の空、冷てえ風もほろ酔いに心持ちよくうかうかと』……」
「フェアリーとアニマ、足して半分で割ったらちょうど良いな」

　名を呼ばれた小猿のような見た目のエンブリオ、アニマがイツラの頭上で振り返る。
　アニマはフェアリーと対照的に全く喋らない。たまに鳴き声を発する程度だ。

「なんでもないよ。さあ、行くぞ」

　イツラの腹をぽんと蹴り、一人と三匹は街道を再び進む。